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インターネット会報2004年1月号

【解説】 「ラッパは歯で吹く」、では尺八は?                          
 週間文春の連載「読むクスリ」886は上前淳一郎氏が書いています。  この中で、尺八吹奏にも関係のある大変有益な記事がありましたので簡単なわたくしの意見を述べたいと思います。(週間文春2001.10/25)  まず、本文を見てみましょう。  

ラッパは歯で吹く  神奈川・横須賀市の東逸見町『根本歯科医院』という、こぢんまりした歯科医者さんがある。  その待合室に毎週土曜日になると、どういうわけか管楽器を下げた人たちが集まってくる。  トランペットを始めたばかりの高校生、トロンボーンを吹く音楽大学生、有名オーケストラのチューバ奏者。  内外ジャズ界の大御所の顔が見えることもある。  それぞれに持ってきた管楽器を口慣らしに吹き始めるが、「吹奏楽をやろう、というんじゃありません。みなさん患者で、土曜日は管楽器奏者だけの歯の診察日なのですよ。」  と院長の根本俊男さん(70才)。 根本先生がこの土曜日の診察を始めて、もう40年になる。 「じつは私自身、湘南高校の生徒だったころ、ブラスバンド部でユーフォニウムを吹いていました。」  日本大学歯学部へ進学して在学中に、高校ブラスバンド部の仲間と『横須賀交響楽団』を結成した。 「そのとき、弦楽器の奏者が足りないので、私はコントラバスをやることにしました。もちろん今も演奏会を開いていますよ。」  根本さんが楽団長だ。  結成したとき、亡くなった作曲家の團伊玖磨さんに名誉指揮者になってもらったというから、ただの素人交響楽団ではない。 「その團さんがね、あちこちの本物の交響楽団の管楽器奏者に私のことを話されて、それで患者が増えていくことになったんです。」  高校時代のブラスバンド部の経験から、管楽器、とりわけ金管楽器を吹くには歯が大事だ、ということに根本さんは気づいていた。  金管楽器は平たくいうと、吹き口(マウスピース)に唇を当て、その唇の振動で音を出す。 「この場合、唇を支え、操っているのは前歯なのです。」   前歯の並び方に凹凸があったりすると、唇に当たる息の圧力に不均等が生じ、うまく唇を振動させることができなくなる。 「そんなふうに楽器に空気を送り込んだのでは、クリアないい音は望めません。音質が悪くなるんです。」  たまたまトランペットの名演奏を聴いて、よし、自分もやろう、と思い立って練習を始めた高校生たちは、じきに壁にぶつかる。  マウスピースを当てた唇を振動させる高度な技術は、そう簡単には修得できないのだ。  と同時に、ふと考える−−自分は歯並びが悪いので、息がすうすう洩れていったしまう、だからいい音が出せないのではないか、と。 「その考え方は、当たっていることが多いのです。なぜなら、いきなりマウスピースをくわえさせられるなんて、歯は思ってもいなかったのですから」  歯はもともと、楽器を吹くために生えているわけではない。  だから、突然、吹け、といわれても困ってしまって、トラブルを起こす。  そこで歯のほうを、楽器を吹くのに向くようにしてやる必要があるのだ。  悩んだ高校生たちは、横須賀にいい先生がいる、という噂を頼りに、北海道からも、九州からもやってくる。 「私はまず楽器を吹いてもらい、音質が悪くなる原因を作っている箇所を見つけます。」  歯がずれたり、窪んだりしているところがある。それが、空気の流れを妨げたり乱したりしているのだ。 「その個所にはめて空気の流れをよくするアダプターを、金属やレジンで作ります。」  それをはめて、もう一度楽器を吹いてもらう。 「暗い顔で診察室へ入ったきた高校生の顔が、ぱあっ、と明るくなります。納得できる音が出せたしるしなんです。」  まるで魔術のように、小さなアダプターが悩みを解決する。 「歯を削ったりはしません。口の中を傷つけない、ということを大事にしています。」  そのうえ先生は、高校生だけでなくプロの演奏家の場合でも、実費以外に治療費を受け取らない。 「私は町の歯医者さんで、それだけで十分なんです。」  プロの演奏家も、長年負担をかけたために歯がずれてきたりして、思うような音が出せなくなることがある。 「高音域が出なくなった、音の立ち上がりが遅れるようになった、といった悩みで訪ねてこられます。」  先生は原因になっている歯を見つけ、アダプターを作る。  それをはめて吹き始めるや、 「これが僕の音ですか、信じられません、とぼろぼろ涙を流す人もいます。私もうれしくなって、もらい泣きするんです。」  今では、世界一の名医、と海外にも広く評判が伝わって、名だたる交響楽団の管楽器奏者が来日の度に訪ねてくる。 「ただね、何でも歯並びをよくすればいい、というものでもありません。歯並びのずれから出る音が、その人の個性、ということもありますから。」  そして、管楽器奏者を志す若い人にクギを刺すように、先生はおっしゃった。 「自分の技術の未熟を、歯並びのせいにしてはいけませんよ。」  

以上が本文です。  尺八も管楽器の一つですから、この文は有益な示唆を含んでいます。  たとえば、 「歯はもともと、楽器を吹くために生えているわけではない。  だから、突然、吹け、といわれても困ってしまって、トラブルを起こす。」 尺八吹奏上きわめて重要なのは唇ですので、この文を読み替えると「唇はもともと尺八を吹くためについているわけではない。だから突然、唇の間からきれいな息の流れをだして吹け、といわれても唇は困ってしまってトラブルを起こす。」となります。  わたくしの「口笛練習法」「上唇の丸み理論」「下歯による気流の流れをさける話」などは唇をなんとかなだめすかして段々尺八を吹くための唇にする為の方法論です。唇はもともと尺八の為についていないのですから、急に尺八の音色が出るわけがありません。そこを間違えて焦って吹こうとするので、かえって上達しないわけです。  尺八に関しては、歯並びはさほど重要ではないというわたくしの意見ですが、それでもしっかりした歯は大切で、歯がぐらぐらしていては尺八吹奏上、安定しません。歯を大事にしましょう。  また、上唇の丸みが大きいほど尺八が自在に吹けるといっても、上唇の分厚い人を羨んではいけません。  本文でも「自分の技術の未熟を、歯並びのせいにしてはいけませんよ。」と述べています。さしずめ「自分の技術の未熟を、唇並びのせいにしてはいけませんよ。」となりましょうか。  わたくしの演奏会にきていただいた方や「DVD古管演奏会」を見た人は判ると思うのですが、私の唇は平均よりも薄い方だと思います。  しかし、音は十分鳴ります。それは、上唇裏の口腔前庭が吹くときに出来、その部屋を嘗めるように息が整流され、ちょうど少し上唇が押し出されるようになり結果的に上唇の丸みが十分形成されるのです。 唇が薄い分だけかえって口腔前庭理論の体得が早かったとも言えるのです。  尺八愛好家のみなさんも、いろいろ悩みはあると思いますが、その悩みを克服したときに大きな喜びがくると信じて日々練習していきましょう。最後に貴重なご意見を述べていただきました横須賀の根本先生に心より感謝いたします。(2004.12.30尺八吹奏研究会 貴志清一)