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インターネット会報 2005.5月号
 
 尺八を始めてみようとお考えの方へ
                             貴志清一
 
 郵便にてたくさん頂いております尺八に関するご質問の中からひとつ紹介させていただきます。
 
 尺八楽譜の読み方を会報にて参考にさせていただきました。一人で指穴を押さえて吹いていますが、なかなか音が上手くいきません。
 近所の尺八の会をのぞいてみましたが、持っている尺八が一尺九寸ですので入会できず、せめて西洋の音階(ドレミ)が判れば一人で吹くことができるのにと思っています。
 インターネット上での「つるさんの尺八教室」のように音を階名(ドレミ)で示した一尺九寸の場合の尺八の運指を教えていただきたくお願いいたします。
 
 まずこのご質問に対する回答を述べさせていただきます。
 
 一尺九寸の場合は、一尺八寸よりも一寸長いので約半音下の音が出ます。従いまして、
 全押さえがロ音(ドレミのレ)
 一孔を明けるとツ音(ドレミのファ)
 二孔 〃   レ音(ドレミのソ)
 三孔 〃   チ音(ドレミのラ)
 四孔 〃   り音(ドレミのド)
 五孔 〃   ヒ音(ドレミのレ)
 となりますので、
 
一尺九寸でもロツレチという呼び方は変わらず、出る音が
 全押さえがロ音(ドレミのド♯)
 一孔を明けるとツ音(ドレミのミ)
 二孔 〃   レ音(ドレミのファ♯)
 三孔 〃   チ音(ドレミのソ♯)
 四孔 〃   り音(ドレミのシ)
 五孔 〃   ヒ音(ドレミのド♯)
 
となります。
 しかし、出る音(実音)が半音下がるだけですので、曲を吹くときは一尺八寸と同じようにロツレチリ(ドレミで、レファソラド)と思って吹けばよいのです。
 以上がご質問への回答です。
 
 さてこの方は、たまたま尺八が身近にあり、ご自分でも吹いてみようとなされたものと思います。 そのとき、やはり私ども尺八を演奏する者が適切な示唆をすることはひとつの責任ではないかと思い、尺八吹奏に対しての基本的な考え方を述べさせていただくとこにします。
 
 まず、尺八に限らず完成された楽器の習得は独学では不可能です。必ず指導者がいるものです。そして、その指導者は可能ならば、卓越した技術と優れた指導技術を持った奏者であるのが理想です。
 一人で指孔を押さえていても、おそらくは優れた指導者の下での何万分の1も上達できないと存じます。また、ある会が高い演奏技術を持った奏者の集まりではない場合、尺八に関しては余り有益な示唆は得られないものです。
 たいへん失礼な言い方になるかも知れませんが、単に「尺八が吹ければいいなあ」というだけでは、尺八は吹けるようにはなりません。また、西洋のドレミが尺八のどの音に当たるか分かれば吹けるようになるというものでもありません。
 単なる「いいなあ」というあこがれでもいいのだ、という程度の気持ちを否定するものではありません。それはそれで、何となく尺八を始めて何となく吹かなくなるということで、一つの経験にはなると思います。
 ただ、もし、もう少し強い気持ちで「吹けるようになりたい」という場合は別です。
 私の場合でもうしますと、最初、人よりはほんの少し尺八を習得したいという情熱が強かったようです。それが試行錯誤の長い道のりではありましたが、立派な指導者に恵まれる機会につながりました。
 もし、尺八が吹けたらいいなあと言うあこがれ以上の気持ち、たとえば「何としても尺八で荒城の月を吹きたい、何としても春の海を演奏したい」というのがありましたら、当然標準管である一尺八寸を購入すべきですし、また、師匠を探し始めるべきです。
 もし、尺八習得への強い気持ちがありましたら、私も参考になる示唆をお話できると思います。 (この方は、幸い大阪府在住です)

 一度、ご自分がどの程度、尺八習得への気持ちをお持ちか考えてみるのも良いかと存じます。
 ただし、何度も言いますが、「吹ければいいなあ」というあこがれの段階を否定するものでは決してありません。それはそれで、ぼちぼちと吹いて楽しめばいいので、ひとつの道だと思います。
 また、「吹ければいいなあ」という気持ちが「何としても習得したい」という情熱に変わるときもあるやも知れません。その時は、また道も開けると存じます。
 
 さて、尺八を独学で学んでも続かなくなることが多い、というのも事実ですね。
 現在のように、余暇の時間がとれるようになってきますと「なにか一つ楽器ができればいいなあ」「尺八なんか、日本人の気持ちにぴったりかなあ。」と思う人も多くいると思います。
 何かの機会に、「ご趣味は何ですか。」と聞かれたとき、または外国の人との交流の集まりで、おもむろに尺八を取り出し、朗々と「荒城の月」などを吹ければいいなあと考える人も多いかと思います。
 そして、独学ですから尺八吹奏のコツがわからず独習書を何冊も買ってくるのですが、その難しさに練習が「続かない」結果になります。尺八に限らず楽器習得の最大の難関は「続かない」ことなのです。
 なぜ続かなくなるかというと、答は簡単で、尺八が吹けるようにならなくてもまるで困らないからです。
 「尺八(楽器)が演奏できるとカッコいいかも・・・」「外国の人に尊敬されるかも・・」「カラオケ伴奏で尺八を吹くと宴席で賞賛されるかも・・」。この程度の淡い・・かも願望では尺八は長続きすることはまずありません。結局動機付けが弱い、または、弱すぎるのです。
 尺八を長続きさせるものは、結局尺八への「情熱(強い気持ち)」なのです。また、その情熱に支えられた「緊急性」です。緊急性というのは、締め切りと目標です。
 所詮、締め切りと目標がなければ人はさぼるものではないでしょうか。
 この、「情熱」と「緊急性」を同時に満足させるのは、「良い指導者のところへ稽古に行く」と言うことなのです。
 目の前の師匠が朗々と尺八を演奏していれば、「自分もそんな風に吹きたい」という強い情熱が湧いてきます。そして、月に何回かの稽古日ごとに課題が出されますので、これが締め切りと目標になります。
 さらに、良い指導者は、独学で試行錯誤していては何百時間かかる技術上の障壁を、ほんの少しの助言で解決させてくれます。
 これが、良い指導者のところへ稽古にいくことの重要性の所以です。
 
 たいへん回りくどい書き方になってしまいましたが、参考にしていただければ幸いです。 いちど、尺八吹奏研究会事務局へ竹を携えてお訪ね下さい。  貴志清一