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インターネット会報2006年4月号
 
 
 題:「琴古流の“消し”は未熟な昔の家元のたちの苦肉の策か?」
 副題:「私は音の流れを大切にするが故に、あえて“消し”を多用しない」
                                                貴志清一
 まず、お便りから紹介します。
(滋賀県 N氏より)
 尺八吹奏研究会会報204号の写真入りの記事(要約はIT3月に掲載)はとても参考になりました。
 数曲を続けて演奏するとき、一尺八寸管から一尺六寸管に持ち替えたり、その逆のことをしたりするとき、音がスムーズにでなくて苦心することがあります。その尺八の歌口にぴったり合う唇の形があることがよくわかりました。
 また、尺八吹奏において「音を消す方法」がいろいろありますが、長くのばして次第に弱くして消えていくようにするのに苦労しています。弱く吹く場合も、腹にしっかり力を入れておかねばならないことが、最近少しわかってきたように思っています。(以上)
 
 このお便りにもありますとおり、比較的音の末尾を虚空に消えるがごとく消していくことは、割合むつかしいらしいですね。
 この“消し”で思い出すのは琴古流の“消し”です。何か、意味もなくプスプス、フレーズの終わりで“消し”を多用しすぎているのではないかと思います。
 私が常々考えることは、「山口五郎先生が琴古流本曲を“消し”なしで演奏してくれていたらよかったのに」ということです。
 私も竹盟社の流れを汲む者ですので、まったく同じ譜本を使っています。そこには、丁寧に消しマークがつけられています。

 “消し”とは音の最後の方で音がかなり小さくなった時に顎を引いて(メッて)音を消す方法です。
 しかし、私の感覚では、これは音の流れ、音楽の流れを著しく阻害しているとしか思えません。
 たとえば、かつて尺八について延々と語ったことのあるニューヨーク在住の尺八家、マルコ=リーンハードさんの「手向」などは素晴らしい音の流れです。もし彼の「手向」に1フレーズ毎に“消し”を入れたらおそらくその演奏の良さは失われるかもしれません。 もちろん海神道祖の精神性の極めて高い本当にすごい「手向」の演奏に“消し”は入っていません。
 流派が違うから、というのは理由にならないと思います。私の独断ですが、“消し”は尺八本曲の流れを断ち切る悪しきものといえます。
 いつの頃よりか、「音を長くのばして次第に弱くして消えていくようにする」ことのできない未熟な家元たちが苦し紛れに“消し”を多用したとしか思えません。しかもそれが三浦琴童譜では、楽譜の記号として記載されています。そうなれば、家元としての立場のある山口先生はこの楽譜の“消し”を無視するわけにはいかなかったのだと思います。もちろん師は、希にみる素晴らしい演奏家ですからそういうことを超越できているかもしれませんが。
 しかし、私はできれば“消し”の無い山口先生の琴古流本曲を聴きたかったのです。
 ですから、未熟ながらでも私は自分の吹く琴古流本曲にはほとんど“消し”を入れていません。お手元に私のCDやDVDのある方は確認してください。山口先生のような音楽性に恵まれていない私の本曲演奏が聴くに耐えうるのは、もしかしてひとえにこの“消し”の無いことによる音楽の流れの良さかもしれません。いろんな情報でいまだにCDやDVDの問い合わせを多くいただくのもそのせいかと存じます。

 さて「音を長くのばして次第に弱くして消えていくようにする」のは、コツさえつかめばさほど難しいことではありません。
 まず、コツつかみの前提条件としては、「音を長くのばして次第に弱くして消えていくように」できる奏者が身近にいるということです。それが、自分の師匠であれば最高です。身近に模範となる人がやはりいるではないかと思います。
 私は、この「音を長くのばして次第に弱くして消えていくようにする」コツを体得するのに20年あまりもかかりました。最初に教えてもらったのが最盛期の池田静山先生です。そして、ややあって、山口四郎門下の松村蓬盟先生に長いこと教えてもらいました。本当に師匠にかんしては最高の出会いを得たことになります。身近に「音を長くのばして次第に弱くして消えていくようにできる」師匠がいても、それでも私の場合20年ほどかかりました。才能のある弟子なら、もしかして4,5年で獲得できるかもしれません。

 ところでこの技術は、私の場合、上唇裏の小さな空気部屋である口腔前庭をだんだん小さくして、やや上唇の先の裏にそれをもってくることで達成しています。実際の私の演奏を見ていただければ少しはイメージがわくと思います。ただし、やはりビデオではだめで、立体感のある実際の演奏のほうがよくわかると思います。
 しかし、話は変わりますが、尺八は一つ一つの技術を獲得していく過程に達成の喜びがありますね。時間がかかっても、いろんな尺八の技術を獲得することは一つの幸せです。早く上達すれば、高いレベルでの演奏の喜びがありまし、遅々として上達しないのも、ほんの少しの進歩が大きな喜びになるということでは幸せです。
 それでは、天才的な演奏者はどうでしょう。おそらく、凡人には及びもつかないほどの音楽的達成の大きな喜びを経験しているでしょう。
 しかし、加齢というのは一種、残酷なものですね。
 若くして素晴らしい演奏をし、壮年期に国際的にも高い評価を受けた 故山口先生は晩年のインタビュー記事で「ここ10年は辛かった」というような内容の発言をしてらっしゃいました。1000人ほど入るホールで、決して大音量ではないのですがその音色が朗々と響き渡って人の心を包み込むような師のすごい演奏を私は知っていますので、どうして辛かったのだろう?と考えます。あんなに演奏できれば幸せだったのでは?と思ってしまいます。
 しかし、そこが凡人と天才の違いなのでしょう。とても凡人の私などは推測できないのですが、おそらく、技術的にも音楽的にも極めて高いご自分の理想の演奏というものがあって、それに比べると加齢による体力・技術の衰えによって思い通りに吹けないことに我慢がならなかったのかも知れません。晩年は内蔵の方を患っていらっしゃったとのことですが、そのときは吹奏による痛みもあったかもしれません。
 山口先生ご自身は宛名をお書きにならなかったかと思いますが、私のところに印刷の年賀状が元旦に届きまして、私のような竹盟社の末席を汚す者まで年賀状をいただき有り難いことだと思った矢先、新聞で師の訃報を知ったのがいまだに鮮明に思い出されます。
 音を消す技術から、とりとめない話になってしまいました。
 とにかく、音を消す技術を獲得できるよう、努力していただきたいと思います。
 

【連絡@】
 2006年4月の「尺八の相談日」は4月16日(日)午後です。
ご希望の方は郵便にてご連絡ください。
(事務局)〒590-0531大阪府泉南市岡田2-190 貴志清一
【連絡A】
 尺八吹奏研究会 第15回演奏会が開催されます。
「第1部 コロ・ムラ息・玉音〜古典尺八の響き
      秘曲、鹿の遠音、鶴の巣籠等
第2部 浜千鳥・真白き富士の嶺〜愛唱歌集
      尺八・ピアノ二重奏の響き
日時  2006年5月7日(日)pm2:00〜
会場  大阪府貝塚市浜手地区公民館ホール
入場無料:要整理券
      整理券希望の節は往復はがきにて事務局まで申し込んでください。