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会報2008年3月号

前田りり子著「フルートの肖像」の読んで  貴志清一

「現代フルートの原型となる金属フルートが誕生したのは19世紀のことです。18世紀後半に始まった産業革命とともに科学技術はめざましい発達をとげ、楽器にも技術革新の波が押し寄せました。フルートには複雑なキーシステムが付けられて、誰でもが簡単に演奏できる楽器へと生まれ変わり、シンプルな木製フルートは原始的で時代遅れとして忘れられていきました。しかし、バッハやモーツアルトの時代に使われたフルートは本当に、歴史の彼方に追いやられるべき不完全な楽器だったのでしょうか。」
 という問題提起でこの本は始まります。

 その答えとして、

「18世紀のフルートは現代の楽器と比べて音程は悪いし、音色の粒はそろわず、大きな音は出ず、改良を必要とする楽器に見えなくもありません。しかし、18世紀の思想と文化を知れば、それは決して欠陥ではなく、その時代が必要とした一つの完成した形なのであり、作曲家はこのシンプルな楽器の良さが最大限に引き出されるように作曲をしていたことが分かります。 18世紀のフルートで、現代の巨大ホールいっぱいに無調性の現代音楽を響き渡らせることは不可能です。しかし響きの良い、例えば貴族の館の一室でバッハやモーツアルトを演奏するならば、現代の楽器が失ってしまった素朴な優しさと気品を、昔のフルートが持っていたことに気が付くことでしょう。」

 そういえば、オークラウロという頭部管が尺八で本体がキーの付いたフルートが1936年、今から70年ほど前に考案されました。幸いこれは全く普及しませんでした。当時でも尺八のもつ微妙な奏法が認識されていた所以だと思います。
 (オークラウロは次のHPにて解説と実際の音が聞けます。)
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/8422/Sono_mlg25_Ohkurauro.html

 ただ現在、尺八の外見は同じように見えても、メリ音の出し安さやその音色そして尺八全体の音色まで犠牲にしてまでも歌口を深くえぐって大音量を求めることがおこなわれています。しかも、その影響は他の製管師にも及ぼうとしていることはゆゆしきことだと思っています。

 先月に古管収集家のお宅へお邪魔しましたとき、改作の施していない明治4年の尺八番付にも名前のある蚊觜(ぶんし)作の尺八を吹かせていただきました。歌口は写真の通り(HP版では省略)ほとんど一節切と同じくらい浅い歌口です。大音量は出ませんが響きの良い味のある音色がします。しかもそれは発展途上の尺八ではなく、全く完成した素晴らしい楽器なのです。
 現在のように、マイク無しで竹を響かせる技術のない奏者が吹けば大きなホールでは力不足になると思います。しかし、しっかりした、しかも軽い息でこの竹を、例えば珍しく音響の良い大阪の「いずみホール」吹けば、おそらく綺麗に隅々まで響き渡ることと思います。

 古管演奏会の記事でも述べましたように、江戸時代の尺八は未発達でも何でもなく、楽器として完成されていたのです。
 そのことを、この「フルートの肖像」という本で再確認をした次第です。
 また、この本はフルートの起源から始めてフルートの歩みを世界史を背景に実に興味深く述べています。
 第8,9章ではバロック時代のフルートの有名な本「フルート奏法試論」を書いたJ.J.クヴァンツのことを詳しく述べています。私も30年ほど前、メック製の木のフルートを買い(なんとこのころはジョイント部分に象牙が普通に使われていた)この「フルート奏法試論」を読みながら練習したことがあります。

 ここで、私も若いときに感動した文章がそのまま「フルートの肖像」でも引用されています。

 もう昔のことですが、あるプロの尺八演奏家とお話しているとき、「尺八は奥が深い、それに比べてフルートは面白くない」とフルート・もしくは西洋音楽が単に機械的に音を出してそれで事足れりとしていると言わんばかりの発言をしたことを覚えています。その時は、あえて反論はしなかったのですが、ずいぶん乱暴な考えの方だと思ったのを記憶しています。
 勿論、日本音楽も奥が深いですが、西洋音楽も奥が深いのです。何を美的なものとするかで表現するものも違ってきますが、文化に優劣はつけらないし、つけてはいけないものなのです。
 いまこの記事をお読みになっている方で「邦楽は上、洋楽は下」その逆に「洋楽は優秀、邦楽は低レベル」という風な考えをお持ちの方はこのクヴァンツの本の引用をお読みください。洋の東西を問わず音楽に対する真摯な態度は共通だということがわかります。
 「悪い演奏とは、・・(中略)・・とにかくすべての感覚、感情を持たずに、また自分自身感動することなしに演奏し、あたかも他人の代理で歌ったり奏したりしなくてはならないかのような感を持たせる場合、である。これでは、・(中略)・むしろ眠気を誘われ、演奏が終わったら喜ぶに違いない。」

 私も5月4日に小さな演奏会を予定していますが、この言葉を肝に銘じ、「演奏が終わったら(聴衆が)喜ぶ」演奏にならないように努力したいと思っています。
 このように、題名からは尺八とは余り関係なさそうに見えますが、この「フルートの肖像」は尺八を勉強する上でも大変有益な本といえます。是非一度お読みください。
 最後に本研究会への著者前田りり子氏のお便りを紹介させていただいてこの小文を終わります。

貴志様
邦楽には全く縁のない生活をしておりましたが、最近尺八とお琴のコンサートを聴く機会があり、トラベルソとチェンバロの類似性に非常に興味を持ちました。
型を大切にする日本の伝統芸能と、和声や音楽修辞学という型を元に作られるバロック音楽、全然違うようでいて古きよき時代の根底に流れるものにはそんなに大きな違いはないのかも・・・などと最近考えています。
ぜひまたトラベルソも吹いてみてください。  前田りり子

 なお、氏のHPは以下の通りです。また、ここからこの本を注文すれば送料無料とのことです。(もちろん書店でも購入できます)
前田りり子:単行本「フルートの肖像:発売中:定価 3000円(税別)
このページよりご注文いただけば送料無料、定価3000円にてお届け致します。
 検索:りり子の部屋
http://www2.odn.ne.jp/~cco69970/index.html/lililko.html
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