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会報2008年4月号

一流の演奏に不可欠なもの・・・「前に進むリズム」と「歌うこと」
−大木岩夫氏のケーナ演奏が尺八奏者にとって、非常に参考になる− 貴志清一

 (文末に5月4日の尺八吹奏研究会第17回演奏会の要項があります)

 尺八で、割合良い音が出て音のコントロールができ、指が自在に回る演奏家はたくさんいます。しかし、それらの演奏家が全員すばらしい演奏ができるかといえば、答えは「いいえ」です。おそらく自称尺八のプロでも人に深い感銘を与える演奏ができる演奏家は稀です。

 30年間私が聴いてきた範囲でですが、この深い感銘・感動を与えられる奏者は、確実なところでは故山口五郎師だけでした。ということは、真に一流の演奏と呼べるのはきわめて稀なことなのですね。

 もちろん私も尺八奏者の末端に連なる者ですので深い感銘を自分にも、聴いていただいてる方にも与えられるような演奏を目指しています。しかし、なかなか一流のレベルに到達できません。
 一流の演奏と、高度なテクニックがあっても凡庸な演奏とでは、何が違うのでしょうか。
 それは一つに「前に進むリズム」。
 もう一つは「歌うこと」です。
 いろいろ細かいことを言うときりがないのですが、どんな種類の音楽であってもだいたいこの2つが高いレベルの演奏には不可欠なのです。

 その一つ、「歌うこと」。楽器の演奏でも「歌うように」演奏することが大変重要です。下手な歌を楽器で再現するのではなく「歌心(うたごころ)」のある演奏を心がけるのです。これはなかなか難しいことです。
 ある曲を自分が歌って、自分の楽器でもそのように吹けばいいというものではありません。ある曲を本当に(声質は無関係)上手く歌えなければなりません。真に「歌う」ことは至難の業です。歌手なら全員「歌っている」かといえば、そうではありません。プロでも音楽的に「歌えていない」歌手は何百、何千人といます。
 この「歌心」のある演奏が心の深いところに触れるのですね。昔の人はそれを「心の琴線に触れる」と言いました。

 もう一つは「前に進むリズム」です。心地よいリズムです。本曲だからといってリズムがない訳ではありません。寄せては返す波のようなゆったりしたリズムがあります。そのリズムが停滞するのではなく、すーっと前に進むのです。勿論地歌の手事部分の速いテンポなどは、急ぐのではなく、前に前に進んでいく気持ちの良いリズムです。この「前に進むリズム」が演奏している自分自身も、聴いている人もひとつの心地よい時間の流れに同化させます。それが感動や喜びをもたらします。本当にこの「前に進リズム」は大切です。

しかし、それを実現するのは大変難しいのです。
 この文章を書いている尺八奏者でもある私は、残念ながら未だにこの2つ「歌うように」「前に進むリズム」で十分演奏できないので、日々苦労しているというのが現実です。
 さて、ここまで述べると「歌うように」「前に進むリズム」で演奏できる一流の奏者が故山口五郎師ぐらいかな、と言ったことがおわかりになられたと思います。この一流の水準に近づく為には、最低限一流の演奏を聴くことが必要条件でしょう。

 そうこう考えているとき、ふとしたことから昔お手紙をいただいたり差し上げたりしたケーナ奏者の大木岩夫さんの演奏をインターネット上の「YOU TUBE」で聴きました。「花祭り」という有名な曲です。民族楽器の一つであるケーナを高い技術プラス「歌心」を持って「前に進むリズム」で吹いていらっしゃいました。本当にその時は驚きました。ケーナでは「パントーハ」等の演奏は知っていました。しかし、これほど音楽的に高い水準で演奏できる人がいるとは思いもよりませんでした。その日は何十回となく「花祭り」そして「コンドルは飛んでゆく」を聴きました。

 同じ日YOUTUBE上のケーナ奏者のマリアーナ・カジョンが大きなホールで演奏する「歌えていない」「前に進まない」演奏とくらべて愕然としました。マリアーナ・カジョンは1000人ほどでしょうか、その大勢の観客の前で低いレベルの演奏しています。それに引き替え、大木さんは高いテクニックの上に「前に進むリズム」で「歌心」を持ってしかも、ある市井のレストランで十数人の前で演奏されています。演奏水準と集客とは全く反比例するのでしょうか。
 あまりに驚いたので翌日、さっそく大阪からお住まいの神奈川県にお電話して私の感動を素直にお伝えしました。電話でですが、話が弾んでつい長話になってしまいました。
 とにかく、一度お聴きください。そうすれば、もしかして「前に進むリズム」のヒントが得られるかも知れません。それが「前に進むリズム」獲得の1000歩の道の一歩になるかと思います。

(大木岩夫「コンドルは飛んでゆく」)
http://www.youtube.com/watch?v=cKW9_19HS88&NR=1
(大木岩夫「花祭り)
http://www.youtube.com/watch?v=_lDZtpDVVhs&feature=related

(マリアーナ・カジョンのケーナ演奏)
http://www.youtube.com/watch?v=ifOPey8Sp3w&feature=related


 それにしましても、自分自身を振り返りますと、尺八を始めて30年、未だにきわめて高い技術、「前に進むリズム」「歌うように」の三拍子がともに獲得できていない事実があります。今後はその現実を受け止め、できるだけ良い演奏を聴き、自分自身のためにも書いた「尺八吹奏法U」を基礎に本当に高度な音楽性を目指してがんばっていきたいと思います。今年で55歳。残された時間はあまりありません。10年後(もし生きていましたら)、「やっぱりこのリズム・歌心は完全に習得できなかったなあ」と回想するのか、または「割合、言いリズムで歌心の少しある良い演奏になったやん」と言えるのか。それは神のみぞ知るということでしょうか。

 今年(2008年)5月4日には第17回目の演奏会を開催します。毎回未熟ながら私の演奏を楽しみにしていらっしゃる方々のためにも、今からしっかりと練習を重ねたいと思います。(開催要項は文末)

 ところで、「尺八吹奏法U」の重要な点は繰り返し繰り返し述べてきました「口腔前庭」のことです。もうかれこれ20年ほどになりますが、この言葉を使って大木氏はケーナの本を書いていらっしゃいます。「アンデスの笛 ケーナ -作り方と吹き方-」という本です。
 勿論私の「尺八吹奏の基礎」がお役に立ったのでしょう。尺八界ではどういう訳か完全に無視された「口腔前庭理論」なのですが、実際音を自由自在に演奏できる奏者はほとんど意識的、無意識的に実践していますね。
 この本の34ページに
「上唇と歯ぐきの間(口腔前庭)に空気の部屋を作る。この部屋は肺からの1万ボルトの電圧(みたいな息の流れ:貴志注)を100ボルトに落として溜める部屋と考えてください。」
 35ページには
図版の解説として「腹からの空気は点線のように動いていると思われます。口腔前庭に立ち寄っているところに注目。」
 36ページ目にも口腔前庭の言葉を使って吹き方を説明しています。 しかも、どれもこれも的確な説明です。
 この本は尺八奏者が読んでも得るところの多いものです。さいわいWeb上で購入できますので興味のある方は注文してください。

 http://www.quena-kobo.com/okisroom/index.html

 それにしましても、大木氏はすごいケーナ奏者ですね。確かに口腔前庭を体得して練習をしてきましたので音のコントロール・跳躍等には私も、大木さんも困りません。しかし、大木さんはそれに加えて「前に進むリズム」「歌心」を身につけていらっしゃいます。そこがすごいところです。地方都市のレストランで演奏するにはもったいないですね。大木さんは国際的に通用する演奏家だと私は思っています。しかし、現実はそうではないですね。いつの世でも大多数の才能は埋もれてしまうということでしょうか。
 関東方面の方は是非上記のアドレス等から情報を得て大木さんのケーナ演奏を聴きにいかれてはどうでしょうか。ご自分の尺八演奏が変わるかも知れません。
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【演奏会のお知らせ】

尺八吹奏研究会第17回演奏会
古典本曲「鶴の巣籠」等、古典尺八本曲の名曲と
箏と尺八による二重奏  「月見草の詩」 「春の海」「雨の水前寺」他

出演 尺八:貴志清一 杉本昇 
    箏 :菊苑 馨(当道音楽会大匂当) 
日時 :2008年5月4日(日) 
   pm 1:30開場、2:00開演
場所 :大阪府岸和田市 
    自泉会館(072-437-3801)
難波-(南海本線)−岸和田または蛸地蔵下車 徒歩10分
○入場料無料(要 整理券)
 ※6才以下のお子様のご入場は固くお断りいたします。     
○整理券のお申し込み            
往復はがきに「5/4演奏会希望」と明記し、
申し込み者の ・氏名(複数可)・住所・電話番号をご記入の上、下記までお申し込みください。
返信はがきが整理券(会場地図付き)となります。
〒590-0531 大阪府泉南市岡田2-190 貴志清一 

[お知らせ]
○「尺八吹奏法U」ご注文の節は、 
@邦楽ジャーナル通販 商品コード5241、http://www.hogaku.com/  一冊1,000円
○「DVD版 尺八吹奏法U」難点が多々ありますが残部あります。もし参考としてご希望される方は、往復ハガキ往信面に「DVD版尺八吹奏法U・申込要項希望」返信面に住所、ご氏名を記入の上、〒590-0531大阪府泉南市岡田2-190 尺八吹奏研究会までご投函下さい。
折り返し申込要項をお送りいたします。