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会報2008年11月号
江戸川柳と尺八

貴志清一

 今回は江戸時代の川柳と尺八について考えます。
 江戸川柳を少しでも知っている方はその中に「虚無僧」や「敵討ち」などの言葉がでてくることはご存じでしょう。最近は尺八を技術的にどう吹こうかというが最優先されて尺八の歴史や尺八を育んできた日本の社会や歴史の勉強がおろそかになっているような気がします。
 そういう尺八愛好家のためにもこの江戸川柳は尺八の歴史を理解する一つのきっかけになるかと思います。

 さて、川柳を一言で言えば“なぞなぞ”です。なぞを解くこと自体、たいへん面白いものです。文学での芸術性の追求とはすこし違うようですね。
 さて、一句。
「薦僧は肱で娘を知らせあひ」
 どう解くのでしょうか。
「天蓋で嫁を見に行く面白さ」
と言う句を並べたら分かるでしょうか。
 この薦僧(俄虚無僧)は自分に縁談のある娘を美人かどうか、魅力的な娘さんかどうかを友達をさそって、虚無僧に扮して見に来たのですね。
 そりゃ、将来自分の妻になるかも知れない娘さんなら男として気になりますね。これが“解”です。

 江戸時代虚無僧は必死になって“虚無”と言うのですが、一般社会では“薦”すなわち、藁の編んだもので携帯用布団をもった“物貰い”の薦僧と呼んでいたことが分かります。虚無僧は武士身分に限る!と声高々に叫んでも余り社会的には尊敬されてはいなかったことが分かります。
 ここで、注目すべきは、ちょっとした労力で身近に虚無僧装束が借りられたと言うことです。江戸後期には尺八が流行し、尺八指南所で尺八を習い本則(免許)をもらい一人前の虚無僧気取りの尺八吹きも多かったと言うことでしょうか。勿論琴古流の元祖:黒澤琴古も指南所で多くの門人を教えていましたし、製管もしていました。
 そこで
「見に来るも 知れぬと顔へ 剥げるほど」の句が解けます。
 虚無僧姿で将来の夫やも知れぬ男性が来るかもしれないから、白粉がはがれ落ちるほど厚く顔に塗って待ちかまえる、と言うことでしょう。

 次はどうでしょうか。
「薦僧の出直してくる大騒ぎ」
 これも、江戸時代の社会を知っていなければ解けないと思います。
 主君、父母等の敵討ちのために虚無僧になり天蓋で顔を隠して托鉢姿で町を回っているとき、うまく仇を見つけたのです。そうなれば尺八では戦えません。姿を武士に変えて「親の敵!」等々叫んで仇をうち果たそうとするのですから、大騒ぎになります。

 因みに江戸周辺の虚無僧本寺は言うまでもなく下総の一月寺と武蔵の鈴法寺です。今はないのですが、東京へ行った折り原町の法身寺をたずね、そこで鈴法寺の歴代住職のお墓を見たときには尺八を吹く者として何か感じるものがありました。
 これが分かると
「居る所を 見たのが竹の吹きおさめ」
が分かります。竹は勿論尺八のことです。仇が(居る所を)見つけたのですね。そうするともう虚無僧でいる必要はないのです。もともと敵討ちのために虚無僧になったのですから。
 同じ敵討ちでも女(妻)敵討ち。よその男に妻を取られたので敵討ちをしようと虚無僧に姿を変えて探し回るということ。
「尺八に胸のおどろく新所帯」
 夫から逃げた妻とその相手の男がにわかの所帯を持っている。そこへ虚無僧が門付けにきた。「もしや、夫では・・」
 虚無僧はいろんな曲を吹き、中を探ろうとする。普通ならお布施を断る時には「ご無用」と言うのだけど、うっかり言うと声で分かってしまうからどきどきしながら通りすぎるのを黙って待っているのが“解”です。

 川柳のようなものからでも、尺八の歴史に入っていくことができます。興味が湧いてくれば最終的には中塚竹禅の「琴古流尺八史観」のようなしっかりした本も勉強してください。
 尺八の歴史を知ることは、直接的な技術向上にはつながりませんが、尺八を深く理解することになります。深い理解があれば、尺八演奏も深い表現が可能になると思います。

【お知らせ】地無し管試奏日11月は23日(日)午前または、午後3時~4時ごろです。
 (申込方法は2008年10月号HPをご覧ください。)

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