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インターネット会報2010年10月号
材料費1円、10分間製管師になって自分の尺八の性能を知る

(今回の論説は克明な尺八製作現場を記録した本研究会所蔵資料:「DVD技に生きる」を視聴していただいて始めてご理解いただけることと思います。申込要項は文末を参照してください。)
                                    貴志清一

 さて、尺八愛好家のみなさんはご自身の吹いている竹が楽器としてどの程度の性能があるのか、どんな癖があるのか、ご理解しているでしょうか。
 尺八を教えている師匠といえども、今使っている竹に全幅の信頼を置いている人は少ないのが現実です。
 また、楽器としての性能が悪い尺八を初心者が使っていますと、上達は遅くなります。ただし、尺八において若干の音程のばらつきは十分、奏法で補えます。
 “性能が良い尺八”というのは、粗っぽく言いますと、
@乙ツから口の形を変えないですっと乙ロが出て息の量を増やすとビューっと鳴る
A全閉の甲ロが伸び伸びと鳴る
B極端に鳴りにくい音がない。
以上の3点だと思います。

 特に@の「乙ツから口の形を変えないですっと乙ロが出て息の量を増やすとビューっと鳴る」尺八に巡り会っていない方も多いのではないかと思います。乙ロがどれだけ大きな音で鳴るかを競う“乙ロ大会”、まあ冗談でやっているとしか思えない大会が実際にあることを見ても、いかに尺八愛好家が乙ロ出しに苦労しているかが分かります。
 中には、素直に乙ロがでない尺八に出会ったばっかりに、「乙ロの時だけ顔をひん曲げる」ことで乙ロを出している人もいます。勿論、顔・口をひん曲げると唇の隙間が丸ぁるくなり、かなり悪い竹でも乙ロがでます。
 しかし、そんな乙ロになるたびに顔をひん曲げていたらみっともないし、口も疲れてくるでしょう。そんな不自然な口では馬鹿でかい音はでますが、深い味わいのある乙ロは出ないはずです。
 そして素直に乙ロがでない粗悪管にであった初心者は、もう悲惨です。1年、2年経ってもか細い乙ロしかでないことになります。乙ロの響きに魅せられて始めた尺八なのに、その音が出ないとなると、やる気すらなくしてしまいます。しかもその時師匠が「もう1年も2年も経つのに、そんな乙ロしか出せませんか。」とあたかも「あなたは下手!」と言わんばかりな言い方をすればどうでしょう。私なら、「下手やから、わざわざ教えてもらいに来てるのに!」と口に出すか、出さないかは別にして、恐らく「もうええ、やめたる!」ということで、止めてしまうでしょう。
 
 前置きが長くなりました。「材料費1円、10分間製管師になって自分の尺八の性能を知る」ことにしましょう。
 ここからの内容は、克明な尺八製作現場を記録したDVD「技に生きる」に沿って筆を進めます。それは、尺八の製管過程をざっと知っていなければ、材料費1円=マッチ棒2,3本で尺八製管・鳴りの調整ができるのかが理解できないからです。
 DVD「技に生きる」は2009年8月号で紹介しました。その中で「一番重要な音の調律を詳しく映像にて説明しています」と書きました。その時はこのDVDを申し込まれた方はほんの数人でしたし、その中でこのDVDの内容のすごさを理解できた方はほとんどいなかったようです。
 それは、私の紹介の仕方が悪かったのが原因だと思います。その反省もこめて、今回は詳しく紹介させていただきます。

○DVD「技に生きる」のナレーション
 尺八の歴史を紹介した後で、
「では、尺八を作る仕事の順序を追ってみよう」ということで、真竹を堀に行くところの映像になります。
「竹を切るのは寒い冬の間にかぎるのだ」と、かなり専門的な解説も入ります。
「持ち帰った竹は水抜きをして、油ぬきをする」
「その竹はいったん倉庫にしまい込む。そして最低5年の間乾燥する」
(せっかく買った尺八が数ヶ月で割れた経験はありませんか。通常、尺八袋に入れておけばまあ、割れないのですが、この乾燥期間が短いとよく割れます。それは、買った人の取り扱いもさることながら、尺八制作者が十分乾燥した竹を使っていないことに原因がある場合もあります。)
「根の株をヤスリで削る。管尻に穴を開ける。竹を2つに切る(この映像は地塗りの中継ぎ尺八を作っているところです)。ガリ棒で管の中のデコボコを取り除く。指穴を開ける。最後に歌口を作る」
「まず下地漆をぬり、これが乾くのを待つ。次いで漆とトノコを水で溶く」「これをヘラという細くしなやかな棒の中程に付けて、管の中へつっこむ」「このヘラを使う技術が尺八の音色を決める」
「どういうことをやっているのか、尺八を縦に割ってこの特殊な技術を見せてもらった」(実際に尺八を割ったもので、地(じ)を付ける行程を映し出しているので、極めて参考になる。)
「3,4日たって、刷毛で粗研ぎ出しにかかる」
「トノコの細かいデコボコを研ぎ出すのだ」
「尺八としての始めての音を出す。まだまだ音は濁っている」
「また、刷毛で研ぎ出す。」
「素人(解説者)の耳にはよく分からないが、これで少しずつ音が澄んできているのだ。」
「こんなことを、一日中繰り返している」
「目と耳と手が一体となって一管の竹の筒から美しい音を生み出そうとしているのだ。」
「一道さん(二代目玉水)は、これで85%の音が出るようになったと判断するとこの尺八を玉水さん(初代)に回すのである」
「この尺八を丁寧に吹いてみるのだ。気に入らない音がするとここが悪いとぺたりと外側にテープを貼る。管の外側から中の悪いところが分かるのだから、恐ろしい勘と耳の持ち主である」
「玉水さんは黒漆を溶いて細いヘラの先に付け管の中へ差し込む」
「音の修正をやっているのだが、これも尺八を割ったもので見せていただこう。」
「先ほどテープを貼ったところに、仮にマッチの棒を差し込んでみる。」
「これだけの厚みの差で尺八の音は、変わってしまうのだ」
「つまり、この箇所へ漆をぬったり削ったりして良い音を出そうというのだ」・・・「吹いてみる、、、だんだん完璧な音に近づいている」
 (ナレーション引用終わり)
 さて、ここなのです。ここまでじっくり映像を見てきますと、なにか自分が製管師になったような気分になりますね。
 このマッチ棒とはなんだかわかりますか。それは、管へ塗る漆一塗りと同等なのです。不思議ですが本当なのです。マッチ棒1本は薄い漆、マッチ棒2本はそれより厚い漆を塗ったことと同じなのです。
 そうすると、実際の尺八に漆を塗らなくても、この最終調整(調律といいますが、音程を合わすことではありません)が誰でもできるのです。

○10分間製管師になる
 では今から10分間製管師になりましょう。
1.頭をとったマッチの軸を2,3本水につけておきます。そうすることによってマッチの軸は落ちません。
2.まず水に濡らしたマッチの軸を一本、管の内部に置きます。
 まず管尻近くに置きましょう。これだけで吹き心地が少し変化します。
3.次に菜箸でそのマッチの軸を中へ入れてください。置く場所を変えるごとに試し吹きをします。
4.もし、鳴りに良い兆候が出たときは、マッチの軸を2本にします。
5.最終的に歌口の近くまで持っていきます。
 また、マッチの置く場所を2カ所にすることも試せますね。
 こうすることによって、マッチの軸を置く=内形を変えることで尺八の鳴りや音色さえも変化することを実感されたことと思います。
 そして、もともと良い音色・良い鳴り・良い響きの尺八において、どこにマッチの軸を置こうとも、音色や鳴りが悪くなる場合がありますが、それが良い尺八の証拠なのです。そういう尺八を持っていらっしゃるかたはそれを一生吹き込んでください。そして、そんな素晴らしい尺八に巡り会えた幸運を感謝してください。
 それとは逆に、あるところにマッチの軸を置いたほうが乙ロなどの鳴りが格段に良くなる場合があります。
 私の手元にある無銘の100年前の竹で実験した結果を紹介します。写真(省略)で見る通りこの竹はいわゆる「ぶっこ抜き」で、節を開けて漆をぬっただけの地無し延べ竹です。これは調律する手間もかけていない代物です。私がどんなにがんばっても乙ロがびゅーっと出ない竹です。こういう竹を初心者が吹いたら、いつまで経っても上達しないという竹です。
 この竹で試してみますと、表(省略)の通りになります。すなわち、第4孔の反対側のところにマッチの軸2本を置きますと、劇的に乙ロが出やすくなるのです。息受けもよくなり、以前よりも格段に乙音が吹きやすくなります。
 それこそ、自分に漆技術があれば、すぐに漆を塗りたいくらいです。
 すなわち、調律ができていないということになります。
 ただし、地無し管は節の削り方で音を整えるのですから、あえてこのままにして置いたのかも知れません。しかし、トノコを混ぜた地ではなく、単なる漆だけなら塗って調律しておいてほしかったです。

 さて徳用マッチ一箱800本入りで250円ですから、マッチの軸3本で1円ですね。これだけで、製管師の最終調律を追体験できるのです。 
 私が試した上記のぶっこ抜きの竹についてまとめてみますと次のような結論になります。
1.乙ロが極めて鳴りにくいのは、奏者にではなく、明らかに尺八に問題がある。
2.4孔近くに漆を塗ると乙ロの鳴りは改善される。
 このようなことが分かっただけでも大きな収穫だと思います。

 因みにHP上でも紹介させていただいた二代目河野玉水師の地無し延べ竹ゴロ節残しの竹は「地無しは鳴らない」という巷の俗説に反し、乙ロの鳴りも素晴らしいし、各音も良くなります。地塗りに比べて若干音程が不確かな音もありますが、本曲を吹くには全く問題はありません。すなわち、もともとこういうマッチの軸の実験が不必要な竹なのです。ゴロ節を残し、ほとんどその節の残し方で調律をしてこれだけ鳴るのですから、二代目玉水師は極めて高い技術を持っていらっしゃたのだと今更ながら感心します。

 さて、このマッチの軸実験に挑戦されて、「やっぱり、マッチの軸なんかどこに置こうと鳴りが悪くなり、音色も悪くなった」尺八はそれなりにバランスよく調律されている竹だと思ってください。
 また、この実験をしてみて「ここの処にマッチの軸を置くと乙ロは鳴り出すけど、甲音が悪くなるなあ」、その反対に「甲音はきれいに安定して鳴るけど、乙ロが弱々しくなるなあ」等と感じた方は「製管師さんというのはぎりぎりのバランスのところで音色や鳴りを妥協させているのだなあ」と言うことを実感されたと存じます。
 次に「ここにマッチの軸を置くと、若干ほかの音に影響が出るけれど、この乙ロの出し易さは何ものにも代え難い!」と思った方もいるかも知れません。その場合は、私としてもアドバイスが難しくなります。
 たくさんの人が閲覧するこの会報上で金額のことを云々するのは最も避けるべき事柄ですが、今回は内容が内容ですので敢えて書かせていただきます。
 この3番目のような感想を持った方の尺八が10万円までの竹ですと話は早いです。すなわち、竹の内形を変えるのは“改作”になりますので、腕のいい製管師さんのところですと、そうですね、数万円から十数万円は軽くかかるでしょうから「もっと良い竹を買ったほうがいい」となります。
 しかし、もっと良い竹は、今は要らないという方はオーボエ奏者のように水につけたマッチ棒をいつも用意すればいいですね。実際、上記で実験した私のぶっこ抜きの竹はそういう扱いをしています。
 さて、この3番目に当てはまる場合の尺八が20,30、場合によっては50万円の時は難しいですね。これはご自分のお師匠さんに相談されるのがよいかと存じます。
 この際、絶対にご自分で漆や塗料を勝手に塗らないでください。自分は製管に関しては素人であることを忘れないでください。
 また、この3番目の場合でも、常識ある製管師さんは、それなりに一生懸命作ってバランスを取って竹を売っていますので、鳴りの悪さを全て製管師さんのせいにするのは考えものですね。この辺が難しいところです。
 最後になりますが、尺八人口激減の中で竹の需要がなくなっていけば製管師さんも少なくなり、高い技量の製管師さんも居なくなる時代が私の生きている内に来ないことを願ってこの文章を終わりたいと思います。
  
○DVD「技に生きる」の申込方法
(本文とほぼ同じ内容の図表付き解説書〈B5で6頁〉付き)
 頒価1000円送料無料
ハガキに「DVD技に生きる( )部希望」と記し、住所・氏名をお書きの上、下記宛までご投函ください。
 ※事務処理の都合上、恐れ入りますが先の送金はご遠慮ください。
〒590-0531泉南市岡田2-190-7貴志清一 宛


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