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インターネット会報2012年2月号

80年前にも“本曲は地無し尺八に限る”と広く認識されていた
   (文末)3月5日第30回尺八吹奏研究会演奏会〜
        「地無し尺八の伝承−玉水三代を吹く)
                                                          貴志清一

 会報上で紹介させていただきました通り、私の一尺八寸の吹料は2代目玉水さんの地無し管です。しかも無理な注文をして、管中の節を大きく残していただいた竹です。この竹で琴古流本曲を吹定しますと何ともいえない味わいがあります。しかも、地歌を吹いても少し運指に工夫を加えれば十分合奏できますし、手事もさほど困難はありません。またツメリなどもほんの少しのメリの動作で所定の高さにもっていけます。
 この地無しも3年余り毎日きちんと吹いてきましたので、ようやく竹の特性や息づかいが分かりかけてきました。この間、尺八に奏法を教えられることも多々あり、あたかも故二代目玉水さんに音の出し方を教わったような感覚でした。
 石の上にも3年といいます。一尺八寸でこれだけ気持ちのいい自然な竹の音がするのだったら長管ならもっと深い味わいがあるはずだ、ということで今度は3代目玉水さんに無理を言ったのが去年の8月です。製管のお仕事を邪魔するような注文「二尺四寸管で、もちろん延べ竹、地無しでゴロ節を残した長管」をお願いしました。
 その時「基音は黄鐘(A、西洋音階でラ)=ほぼ440hz)で挑戦しましょうか」と仰ったので「(そんな難しいこと不可能かなと思いながら)お願いします」と言いました。
 ちょっと製管に手を出した方は分かると思うのですが、地を塗ったり研いだりして内径をどうにでも成形できたとしても、なかなか竹は鳴りません。 あまりに尺八が鳴らないので、所定の規格のプラスチックを埋め込んでしまえとか、中の細い竹をどんどん所定の規格の内径に広げてしまえとか、そう言う風にしたくなるのが人情です。
 それを二尺ならともかく、二尺四寸もの長管で一切地は置かずに中の削り具合と節の削り具合で調整するというのは、普通に考えれば極めて困難です。
 しかも私は製管を知らない、製管師さんにとって非情な尺八吹きで、「各音が良く鳴り、特に乙のツからロへは自然に音が出て広がる音が欲しい」という注文ですから普通なら「帰ってください。」となるでしょう。しかし、3代目さんもお父さんと同じで「作ってみましょう。」と言ってくれました。 20年ほど前から別の所の地塗り中継ぎの二尺四寸管を時折吹いていましたが、音色が自然ではないのでここ数年の間はまったく手にとることさえしませんでした。
 それが「もしかすると、悲しいけれど諦めてきた二尺四寸で琴古流本曲の長管向きの曲が吹けるかも知れない」という希望が湧いてきたのでした。
 現在、地無し尺八の良さが再認識されるにつれ地塗りの尺八を製作するお仕事の他に、初代から続いてきた地無し管の注文も多くなり、とても私の注文品だけに関わっているというのは不可能で時間がかかりました。今年の1月にようやく仕上がり、それぞれに長所がある最終3本のうち私の口に一番あった二尺四寸をゆずっていただいたのでした。
 まだ吹き初めて1週間しかたってませんが、その竹韻と吹き心地のよさに時間を忘れてしまいます。琴古流本曲「夕暮の曲」など吹きますとこの曲の良さが一層引き立ちます。ただ、私の未熟さ故、この二尺四寸の持っている音を出すには1年、3年、もしかすると一生かかるようです。しかも重いですから持ち方を毎日研究しています。この竹を吹きこなすという大きな課題に挑戦しているところです。
 尺八を初めて34年ですが、この時期に全く新しい、難しいけれどやりがいのある、丁度山登りで麓から山頂を見上げたときの登攀意欲のようなものが目の前に現れたことは、たいへん嬉しいことです。このような竹を製作していただいた3代目玉水さんにとにかく感謝したいと思います。

 前置きがきわめて長くなりましたが、あらためて現在の地無し管の再認識についてです。
 2002年出版の『古管尺八の楽器学』p31で古管尺八研究者の志村氏はこう述べています。
「こんにちの尺八界は徐々に古典本曲への関心が高まり、それを吹奏する人々が増えつつある。そして、彼らの古管尺八に対する関心も高まりつつある。こうした気運の高まる時期において、古管尺八情報を公開することは意義があることだと考える。」
 この示唆に富んだ本をお読みになって、思わず「古管がほしい!」と思った人も多いと思います。しかし、古管で良い竹、名管というのはきわめて入手困難なのです。私も古鏡・竹翁をコレクターさんのご自宅で吹奏させていただいたことがありましたが、とても貴重で自分の吹料にするのは不可能の一言です。
 しかし玉水工房のように、確実に地無し製管を伝えているところもありますので探してみて確かな地無しを見つけてください。
 ネットオークションで古管も稀にでますが、何しろ写真ですから、たとえば後世の改作がほどこされているかどうかは分かりません。またその改作も上手ならいいのですが、最悪の場合素人が中をいじったという危険性もあります。
 この、古管や現在製作されている地無し管について、もっともっと情報公開が必要だと思います。たとえば、地(漆+トノコ、または石膏)さえ使わなければいいんだろ!ということで、中の細い竹をもってきて、自分の持っている内径曲線にしたがってぶんぶん中を削って「ハイできあがり」では地無しの名が泣きます。尺八界はもっともっとオープンでいろいろな情報が豊かでなくてはなりません。

 さて、この地無し尺八再認識ですが、大正時代には三曲合奏の影響で地塗り管が圧倒的な勢いで地無しを駆逐していったようです。その勢いが何の反省もなく100年後の現在に続いているとお思いでしょうが、実はそうでもないのです。
 地塗りが勢力をもって広がったのが大正ごろらしいので1910年頃と考えて、その20年後には地塗りへの反省と「本曲は地無しで吹奏すべきだ」という流れが出てきます。
 その歴史資料が昭和8年(1933)雑誌『三曲』8月号p13に載った
「地無し尺八観 (竹下澄人)」です。 
 参考にしていただくために、原文を抜粋して著者の言わんとするところを示したいと思います。
(旧漢字は新漢字に、旧仮名遣いは新仮名遣いに、難漢字は適宜ひらがなに改めてます。また括弧内は私の注です)
 題名は「地無し尺八観」で著者は「長崎 竹下澄人」とあります。
「普化宗すなわち尺八宗なるものが、明治4年廃止となって以来、その宗教的形式というものは表面上には亡くなった。」という書き出しで始まります。「・・・・・・普化禅曲をもっぱら吹奏しておった時代(江戸)の尺八が、必ずしも現代の楽器的製管法に比して、非常なる幼稚のものであったとは言われない。記者は三代琴古先生の高弟として有名なる服部貫之先生の(一尺)八寸管を愛用しているが、その枯淡にして音幅の広き、しかも律呂の整然たる、とても(今の)時代の地沢山のものとは比較にならないほどの、朗らかなる境地に遊ぶことができる。これを合奏にかけてみても押せば押すほど、どしどし之を受けていくところなど実に会心の笑みを漏らすに足るものがある。
 かの有名なる小曽根蔵太先生が、久松風陽先生のものを愛用していられることは、全国的に公知の事柄である。
 してみると、普化宗時代の製管法と言っても、楽器としての価値性がなかったとは言えなくなるのである。勿論ジャズ気分の横溢したる、西洋楽譜の薄っぺらなる折り込み曲のようなものを奏して、尺八を以て西洋楽器の真似事をするには、地沢山の刺激の強い甲走ったものを使用するの必要があることは勿論であった。この方面の目的にはいわゆる地無し竹の枯淡味を配合するの可能性の少ないことは無論のことである。
 それからまた製管技術の難易というところから見ると、管の内面に沢山の地を着けて、製管師の欲するがままに、これを剥離もしくは添加しつつ、調律していくことは地無し竹を調律するに比して、すこぶる容易である。
 だんだんと尺八の音色に対する趣味、言葉を換えれば、竹音すなわち管音鑑賞力の向上進歩するに従って、刺激の多い地沢山の竹音に愛想が尽きて、地無し竹の枯淡味すなわち禅趣を帯たる、しかも朗らかな音幅の広いところを尊ぶという、趣味の向上あるいは竹音に対する心境の変化は、・・・多年尺八音を静かに味わっている者が、一度は必ず逢着する事象であらねばならぬ。
 この意味において、近来地無し竹の流行が相当の勢力を以て尺八愛好家の心境を捕捉しつつ、漸次竹界に一種の趣味転換期を画しかけてきたことは、なんといっても打ち消すことのできない事実である。
 かくのごとき事象はそもそも何を物語るのであろうか、
 これは、琴三絃等の伴奏用、すなわち糸曲の補助楽器としての尺八という意味ばかりに飽きたらず、何かそこに尺八音の枯淡味を味わいたい、換言すれば、・・・甲走ったものをできるだけ避けて、素朴なる「さび」の多い禅味音を味わいたいという傾向がだんだんと尺八愛好家の間に芽生えだしてきたと見るのが至当であろう。
 しかして、この傾向は必ずしも独り本曲すなわち吹簫禅に精進する者のみに限られたる現象ではなく、間拍子に引きずられていく、合奏本位の尺八家の間にも、相当力強くこの現れが認められてきているのである。・・・
 合奏用の竹としては、従来の製管法(地塗り)に依る地を着けたものの方が適当ではあるまいかと思うところもないではないが、本曲すなわち修養のための禅曲吹奏の目的には、地無し竹を絶対のものとする必要があることを確信して疑わない。 ・・・・後略」
 
 引用が長くなりました。
 地塗りが広まってたった20年(不確かですが、すみません)ほどで「近来地無し竹の流行が相当の勢力を以て尺八愛好家の心境を捕捉しつつ、漸次竹界に一種の趣味転換期を画しかけてきた」のがこの記事の1933年です。
 しかし、尺八にとって不幸なことに、このあと満州事変・そして太平洋戦争へと突っ走り尺八どころではなくなり1945年に敗戦、主要都市は軒並み焼け野原となりました。灰となった尺八は、古管も含めて何十万本とあったことでしょう。また、私の父も経験したとおりガダルカナルから九死に一生を得て帰った途端、まず死なないように食べ物を確保することが先決で文化的なことなど一番後回しになりました。いわゆる「地無し・地塗り」の議論なんかどこかへ飛んで行ってしまいました。
 歴史に「もし」ということは許されませんが、この不幸な出来事がなければこの1930年代の地無し再認識の流れがどうなっていたでしょうか。
 現在の三代目玉水さんに伺った話ですが、「私の祖父(初代玉水)から、大阪で空襲が激しくなってきた時期に近くに爆弾が落ちているときでも尺八を買いにきてくた人がいた、という話を聞かされた」ということです。私はこの話を思い出すたびに“人間にとって尺八というのは何か”ということを改めて考えさせられます。戦後かなり経って、南の海でイ号潜水艦の引き上げがあったとき、乗組員の遺体とともに初代玉水の師の「誠玉」銘の尺八が収集されたことが報道されました。亡くなられた方は戦場へまで尺八を持っていき、絶望的な状況のなかで尺八を見、何を思ったのでしょう。
 
 さて、玉水工房では伝統的に地無し管を作りつづけています。初代玉水師の「癒しの竹」と名づけられた地無し管は長年に亘って吹かれていて良い音色がします。私などはこの尺八の持っている力を半分も引き出せないかもしれませんが、自分が吹きたいということと、吹くのを聞いてもらいたいという幼児のような単純な願望で、2012年3月25日に大阪豊中市で小さな演奏会をさせていただきます。もちろん2代目の地無し、それに3代目の二尺四寸の地無しと三代に亘る地無し管での演奏です。
 もし、地無し管にご興味がありましたら、是非お越しくださいますようお願いいたします。
 詳しい要項は下記をお読みください。

○尺八吹奏研究会 第30回演奏会

地無し尺八の伝承〜玉水三代を吹く

 玉水銘〜〜尺八を志す者なら一度は聞いた言葉です。地を控え竹本来の持ち味を生かして一本一本仕上げていく、そういう竹です。

 一般的に尺八の内形を思うままに操作できない地無し管は地塗りに比べて「大音量」「安定したピッチ」「音の立ち上がりのよさ」等はありません。
 しかし地無しには「自然な竹の音色」があり、本曲を吹くときにはこれらの特性がかえって長所になります。
・「大音量」が出ないから、その分音色が豊かで吹く人の個性が表れ、
・「安定したピッチ」でないから音程は自分の耳で作りつつ、メリ音が出  やすく、大メリも楽に出ますし、
・「音の立ち上がりがよくない」からこそ、幽玄な音の出だしになります。

 現在、地無し管の良さが少しずつ再認識されてきましたが、尺八=(イコール)地塗り管という流れの中でも、玉水工房(初代・二代・三代)は地無し管を作りつづけてきたのでした。
 故二代目玉水師は「良い地無し管を作るという困難な作業を通して自分の製管の腕があがり、ひいては良い地塗り管を作ることにつながる」と言っていました。また言うだけでなく初代から受け継いだ技で実際に地無し管を製作していたのでした。

 今回はこの玉水工房の伝統を踏まえて「地無し尺八、玉水三代を吹く」ということで演奏させていただきます。


日時 2012年3月25日(日)pm.1:30開場 2:00 開演

☆出演  尺八:貴志清一  箏:菊苑馨
           
☆演奏曲目(予定) 
 ○琴古流本曲「夕暮の曲」(二尺四寸管 三代目地無し延竹・節残し)

 ○琴古流本曲「下り葉の曲」  箏曲 「六段」
(一尺八寸管 初代地無し延べ竹〈癒しの竹〉)
      
 ○琴古流本曲「巣鶴鈴慕」 吉沢検校「千鳥の曲」
(一尺八寸管 二代目地無し延竹・節残し)

☆場所 豊中市立伝統芸能館(大阪府)

☆交通 阪急梅田より宝塚線「岡町」下車2分

○入場料:無料(要整理券)

○申込方法・・・・・ 出演者に直接お申し出いただくか、または、
 下記の住所宛、ハガキに「30回希望( )人」と明記の上、代表者 の住所・ご氏名・電話番号をご記入の上、お申し込みください。
折り返し整理券(ご案内地図付き)を送付させていただきます。
   〒590-0531 大阪府泉南市岡田2-190ー7 貴志清一



【引き続きEメールによる尺八の悩み相談を受け付けています】
(ローマ字のxxxを@(半角)に変えて、ご送信ください。    kiyosanxxxdune.ocn.ne.jp
○ご質問に対して、順次回答させていただきます。
○ご質問者、内容等の情報は保護いたします。
○非難・中傷のメールは無視させていただきます。
○中傷・妨害等により、継続できなくなったときは中止させていただきます。
(この場合、最新の尺八吹奏研究会HPにてお知らせいたします)

【ご案内】
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