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インターネット会報2012年3月号

【お詫び】2月号にて紹介の第30回尺八吹奏研究会演奏会は3月25日です。〈3月5日〉は誤りです。要項は文末をご覧ください。

久松風陽の「独問答」を読む(前半)                                                                             貴志清一
 江戸時代後期、多くの虚無僧達が宗教者として堕落していった時に果敢にも禅的尺八を追求した人物、それが久松風陽です。
 会報2002年6月号では風陽の著した「独言」を紹介していますのでお読みになった方も多いと思います。
 この「独言」の5年後に同じような内容ですが「独問答」を著します。
“尺八は気息について己を修行す、禅器ならずしてなんぞや”、訳しますと、“尺八は気合いの入った息を出し、その息を鍛錬し、そのことによって精神を修行するのだから、その行為は禅そのものだし、したがって尺八は禅器である”と「独問答」にあります。
 尺八の精神性を強調するのは大切なのですが、“誰でも、尺八を吹けば禅になる”という安易な考えを久松風陽は戒めています。
 これは江戸時代に限らず、現代の尺八界にも当てはまることだと思いますので今月は「独問答」紹介させていただきます。
 文語体を解しにくい若い尺八奏者のために、不才を顧みず現代語訳もつけたいと思います。明らかな誤りがあるときは、どうかご教示くだいますようお願いいたします。(文末の尺八相談のメールアドレスをお使いください。)

「独問答」(久松風陽著 約200年前)
△或人問て曰く、尺八は何のために吹くや、
○答曰 何のためにもあらず、好める故に吹くなり、
(訳)
・尺八は何のために吹くのですか?
・尺八は何か役に立つとか、そういう、何かの目的のために吹くのではなく、吹くのが好きだから吹くのだ。

△問 然からば無益の具にあらずや、
○答 無益の物にあらず。尺八は禅器なり。猥りに扱ふべきものにあらず。
(訳)
・そうすると、尺八は何の利益もない道具ではないでしょうか?
・いや、尺八は無益なものではない。尺八は禅の修行の道具だ。おろそかに扱ってはいけないのだ。

△問 何故に禅器なるや、
○答 三世、ものとして禅味ならざるはなく、事として禅味ならざるはなし。就中尺八は余の鳴物とおなじからず。気息について己を修行す。禅器ならずして何ぞや。然りといへども理をはなれたるをもって要とすれば、俗人に対して解事かたし、
(訳)
・どうして禅器といえるのですか?
・過去、現在、未来にわたり、物というのはすべて禅の要素を持っている。また、いろんな世の中の事柄も禅の要素を持っている。特に尺八は禅味の強いもので、他の楽器とは違うのである。尺八というのは自分の精神力と吐く息によって修行をするのであるから、禅器そのものである。しかし、それは理屈では説明できないことが一番の肝心なところであるので、一般の人には理解することが難しいのである。

△問 尺八に理なしといへども、一と言、二といふも是、理ならずや。
○答 理を尽して後に理をはなれたると理外の妙とす。こは尺八に限る可からず。
(訳)
・尺八は理屈ではないといっても、一とか二とかいう言葉ですら理論でつかう言葉ではないですか?
・理論的説明を十分して、それでも理論では説明し尽くせないことを名づけて「理外の妙」と言っている。これは別に尺八だけではない。

△問 しからば先、理にあたる処を論ぜよ。
○答 汝、口かしこくむつかしき事をいへり、不論時は尺八を無益の具とせむ故に十にひとつを言ん。尺八を吹は上は天下のため、下は其身の為也。
(訳)
・「理論的説明を十分して」と仰ったのですから、その理論を述べてください。
・あなたは弁舌が上手く、難しいことをいう人だ。もし私が理論的なところを言わなかったら尺八は無益な物にされてしまうだろう。ではその理論の十分の一なりとも説明しよう。まず、尺八を吹くというのは、大きく言えばこの世の中の為であるし、小さく言えば自分自身の為になるのだ。

△問 何をもって身のため、天下のためなるや。
○答 貪欲をはなるるを要とせざれば、竹を吹くとも業ならず、己が心を錬るを専とせざれば、奥妙には至らず。貪欲をはなれ心を錬る時は、人自から直にして潔白なり。一人たりとも直にして潔白なる時は天下のためならずや、又其身のためならずや。
(訳)
・どういう理由で尺八を吹くのが自分自身のためになり、世の中の為になるのですか?
・尺八というものは、貪欲な気持ちを避けるように心がけなければ、吹いていても本当の音にはならない。また自分の心を高め修養しようとしなければ尺八の奥深い段階には到達できない。貪欲を離れて、心を修練する時は、人は自然に素直になり、潔白になる。この世で一人でも素直で潔白な人間が居ればそれは世の中のためになるだろう。また素直さや、潔白さを持つということはその人の為になるのは当然である。

△問 普化禅師はいかなる人ぞ、
○答 知らず、禅家の知識に問へ、
(訳)
・あなたの言う“世のため、その身のため”というのはよく分かりました。ところで尺八は禅器と仰いましたが、普化宗のでいう「普化」禅師というのはどんな人なのですか?
・私は、普化禅師がどんな人物かは知らない。禅宗の学問のある、よく知っている人間に訊きなさい。

△問 普化は尺八の祖ならずや、其の道を学んでそのもとを知らざるは未熟にあらずや。
○答 予は尺八の根元を知るが故に、かへって普化を知らず。普化は明悟の人なり。何ぞ尺八を吹て悟道を学ばんや。予がごとき愚智文盲にして、好んで尺八を吹き、漸く尺八の禅器たるを知るの徒と日を同ふするのみ。普化もし尺八を吹といふとも、唯一時の戯れなるべし。其業においては予が累年の修行に及ぶ事なし。今世普化再来して尺八を吹くことあらば、必予が門下に来て道を問ん。普化一世の録を見て普化の始終を知りたりとも、普化の悟りたるを知らざれば普化を知らざるなり。普化の始終を知らずといふも、普化の悟りを知りたる者は、則普化を知れるなり。予は未だ知らず。
(訳)
・普化禅師は尺八の始祖でしょう。その始祖が始めた尺八を学んで、その根本の普化禅師を知らないというのは未熟そのものではないですか?
・私は尺八の根源、一番の基礎を知っているので、普化禅師は知らないのです。普化は極めて深く悟りを開いた人です。そんな人が尺八を一生懸命吹いて悟りの道を学ぶでしょうか。私の様な愚かで何も知らない人間が一生懸命好きな尺八を吹くことによって、“尺八は禅器”なのだ、またこの禅器によって悟りの境地に近づけるのだとやっと分かってきたです。
 ですから、尺八を介して悟道に至ることをしなかった普化禅師が、もし尺八を吹いてもそれは単なる戯れに過ぎないでしょう。禅の修行として長年修行してきた私の尺八の高さには、普化の吹く戯れの尺八はとうてい及ばないのです。今、もし普化禅師が再来して尺八を始めるとすれば、きっと私のところにきて尺八による禅の道を聞きにくるでしょう。
 知識として普化の一生の行跡を「臨剤録」などで知っても、普化が悟ったことを知らなければ、普化禅師を知ったことにはならないのです。また普化の一生の行跡を知らなくても、普化の悟ったところを知れば、普化を知ったことになるのです。
 ただし、私は普化の悟ったところは知らない、したがって私は普化は知らないのです。
 (後半は次号に掲載します)


尺八吹奏研究会 第30回演奏会
地無し尺八の伝承〜
玉水三代を吹く

 玉水銘〜〜尺八を志す者なら一度は聞いた言葉です。地を控え竹本来の持ち味を生かして一本一本仕上げていく、そういう竹です。

 一般的に尺八の内形を思うままに操作できない地無し管は地塗りに比べて「大音量」「安定したピッチ」「音の立ち上がりのよさ」等はありません。
 しかし地無しには「自然な竹の音色」があり、本曲を吹くときにはこれらの特性がかえって長所になります。
・「大音量」が出ないから、その分音色が豊かで吹く人の個性が表れ、
・「安定したピッチ」でないから音程は自分の耳で作りつつ、メリ音が出  やすく、大メリも楽に出ますし、
・「音の立ち上がりがよくない」からこそ、幽玄な音の出だしになります。

 現在、地無し管の良さが少しずつ再認識されてきましたが、尺八=(イコール)地塗り管という流れの中でも、玉水工房(初代・二代・三代)は地無し管を作りつづけてきたのでした。
 故二代目玉水師は「良い地無し管を作るという困難な作業を通して自分の製管の腕があがり、ひいては良い地塗り管を作ることにつながる」と言っていました。また言うだけでなく初代から受け継いだ技で実際に地無し管を製作していたのでした。

 今回はこの玉水工房の伝統を踏まえて「地無し尺八、玉水三代を吹く」ということで演奏させていただきます。

日時 2012年3月25日(日)pm.1:30開場 2:00 開演
☆出演  尺八:貴志清一  箏:菊苑馨
☆演奏曲目(予定) 
 ○琴古流本曲「夕暮の曲」(二尺四寸管 三代目地無し延竹・節残し)
 ○琴古流本曲「下り葉の曲」  箏曲 「六段」
(一尺八寸管 初代地無し延べ竹〈癒しの竹〉)
 ○琴古流本曲「巣鶴鈴慕」 吉沢検校「千鳥の曲」
(一尺八寸管 二代目地無し延竹・節残し)

☆場所 豊中市立伝統芸能館(大阪府)
☆交通 阪急梅田より宝塚線「岡町」下車2分
○入場料:無料(要整理券)
○申込方法・・・・・ 出演者に直接お申し出いただくか、または、
 下記の住所宛、ハガキに「30回希望( )人」と明記の上、代表者 の住所・ご氏名・電話番号をご記入の上、お申し込みください。
折り返し整理券(ご案内地図付き)を送付させていただきます。
   〒590-0531 大阪府泉南市岡田2-190ー7 貴志清一


【引き続きEメールによる尺八の悩み相談を受け付けています】
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○ご質問に対して、順次回答させていただきます。
○ご質問者、内容等の情報は保護いたします。
○非難・中傷のメールは無視させていただきます。
○中傷・妨害等により、継続できなくなったときは中止させていただきます。
(この場合、最新の尺八吹奏研究会HPにてお知らせいたします)

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