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インターネット会報2012年7月号

明暗古典本曲集「心音」(頒布)の紹介」
                                       貴志清一
 先月でしたでしょうか、明暗古典本曲研究会から『明暗古典本曲集「心音」』の案内のチラシをいただきました。
 私は琴古流ですので明暗寺系統の本曲は全く知りませんし、もちろん吹かないのですが、この案内の紙を見て“おやっ?”と思いました。一番始めの行には、「酒井竹保没後20年。今ここに譜面に蘇る〈竹保の世界〉!」とあります。
 私も34年尺八を吹き続けてきましたのでこの竹保は2代目の、半ば伝説化した名手ということは知っています。たしか、「竹籟五章」の初演の演奏者だと思います。ただそれだけで、彼の本曲も京都の明暗寺系のものだと漠然と理解しているだけでした。しかし、その解説で“勝浦正山”という名前がでてきましたので思わず自分の浅い明治以降の尺八本曲史と照らし合わせました。私が要略するよりは正確を期すために原文を引用させていただきます。
 
○酒井竹保師は明暗寺の虚無僧が吹き伝えた「明暗真法流古典本曲」を勝浦正山→初代酒井竹保(竹翁)の系譜で受け継ぎ、また神如道系の明暗尺八本曲も積極的に取り入れ、吹奏に工夫をこらし、独自の明暗尺八の時空を創り出されていました。
 1992年竹保師没後、年月の流れの中で、私たちの尺八を育んで下さった師の尺八の時空が薄れていく事を感じるようになりました。「竹保師の尺八の世界を受け継ぎ拡げていくのは、直門であった我々しかないのでは」との思いにかられ、師より習い受けた事を譜面化し、「酒井竹保の世界」を形として残す作業に取り組みました。
 竹保師没後20年を経たいま、明暗古典本曲集「心音」として、古典本曲を愛好される皆様方にご高覧いただければ幸いです。また「心音」にもとづく講習会等もご相談に応じさせていただきますので、気楽にお問い合わせ下さい。

 引用が長くなりましたが、私のように“「竹籟五章」が上手かった人”程度の理解、または“その名前、初めて聞いた”という方々にとっては理解しにくい内容だと思います。しかし、明治以降の尺八史に残る尺八の名手ということは割合知られていますので、二代目酒井竹保の略歴を知っておいて損はないと思います。これもチラシからの引用です。

      (二代目)酒井竹保略歴
1933年 大阪生まれ。6才より実父の酒井竹翁に師事。17才で竹道と称する。
1964年NHK「現代日本の音楽」で「竹籟五章」初演。大阪でリサイタル。
1967年二代目竹保を襲名。音楽クリティック・クラブ賞、大阪文化賞受賞
1970年東京でリサイタル
CBSソニーよりレコード「竹籟五章・対話五題・真霧海D」発売
1974年 日本コロンビアより「吹禅」(3枚組)発売。
   その後CD「三谷」「鈴慕」などが発売される。
   東京、大阪をはじめ各地で演奏活動を続けられる。
  80年代は闘病生活を過ごす。
1990年 舞台に復活。「夢想竹・心音忍音」を自作。
1991~2年 大阪、東京で「燃ゆる竹」公演。その後帰らぬ人に。

 以上が略歴ですが、基本的に“本曲”を得意としたことが分かります。残念ながら私は実際の演奏を聴いたことがありません。上記の「吹禅」などはもう復刻してCD化されないのでしょうか。

 この「心音」の楽譜集は27曲掲載されています。それは3つに分類されていて
@〈明暗真法流〉 吟龍虚空 (行・草)虚鈴、虚空、霧海D等12曲
A〈明暗寺所伝曲〉九州鈴慕 恋慕流し 阿字観 鹿の遠音等9曲
B〈その他〉神保三谷 布袋軒鈴慕 松巌軒鈴慕等6曲

 記譜は一節切の系統の「フホウエヤ」で書かれていて私のような琴古流のものには馴染みがないのですが、古典本曲を勉強されている方でしたら(フ=ロ、ホ=ツ、ウ=レ、エ=チ、ヤ=リ又はハ)と読み替えることはすぐできますので大変参考になる楽譜集だと思います。

 ところで酒井竹保の実際の演奏は聞いたことはないのですが、たまたま本会の参考資料として紹介しましたDVD「技に生きる」に竹保が登場します。しかも30分足らずの番組ですが、すべて彼の演奏をバックグランド音楽として使っています。
 番組の始めからいきなり「虚鈴」の乙ハ・甲ハ・乙ハ・甲ハ・・・だんだん速めて元の速さに戻るという印象的な力強い演奏です。若き日の竹保が大写しになって生命力溢れる演奏を聞かせます。実は琴古流の「真虚霊」でも同じ音型がでてきます。そして琴古流の一般的な解釈では“淡々”と演奏します。しかしこの音型を淡々と演奏しますと、幼い子がオモチャの笛を吹いているようにしか聞こえないのです。私はそれが嫌で、このDVDの竹保師のように精神を一点に集中し尽くしたような演奏を真似したこともありました。しかし如何せん、心のエネルギーのようなものがない状態で“形”だけ真似しても空しいだけだということが分かるのにたいして時間はかかりませんでした。それでも「虚霊」を子供のオモチャ笛のように演奏したくはないと常に考えていました。そして、この「心音」のチラシを見て気がついたのですが、竹保師は虚無僧の歴史にも詳しいのです。これはかなり前の雑誌での対談で分かっていました。すると、「虚鈴」は普化尺八の根本曲で普化禅師が鳴らす鐸(たく)の音を真似てつくられたのですから、竹保師はもっと精神を高い所に持って演奏しているかも知れないと想像したのです。これは全く根拠のない私の想像ですが「乙ハ・甲ハ・乙ハ・甲ハ・・・・・・・・」=「明頭来・明頭打・暗頭来・暗頭打・・・・・・連架打・・」という普化の禅句に当たると考えると私のような常識的な人間でも少しは竹保師の演奏に近づけるのではないかと考えました。
 するとこの演奏困難な「乙ハ・甲ハ・乙ハ・甲ハ・・」も単に楽譜を音に変換しているだけの状態から、より本曲として意味のあるものになったように思います。
 もちろんそれ以外の解釈も可能ですし、音楽的・精神的に高いものを持った尺八演奏家は凡人の計り知れない深い演奏が可能なのはわかっています。しかし、天分とは縁なき衆生も尺八で「いい演奏」がしたいのですからこのような「明頭来・・」の考え方もあってよいのではと自己弁護しております。 このような考えをめぐらせて、尺八に対する深い見方を与えてくれたこの一枚のチラシは私にとってたいへん価値のあるものになりました。
 DVD「技に生きる」にもどりますが、この最後の場面は二代目竹保師が注文した尺八を初代玉水宅で試し吹きしているところです。そこの映像で吹かれる竹は二尺四寸、あるいはもう少し長い長管です。演奏曲は「松巌軒鈴慕」で短い時間ですがきわめて聴き応えのある演奏です。
 「技に生きる」をお持ちの方はこの楽譜集「心音」と見比べて見るのも勉強になるかと存じます。単なる記号にすぎない楽譜が名演奏家にかかると、音楽が生き生きと躍動して心の琴線に触れる演奏になるという見本のような映像です。
 最後に、もし明暗古典本曲集「心音」にご興味がありましたら問い合わせ・申し込みは下記の通りです。
 〒560-0036 豊中市蛍池西町1-26-12 рO6−6845−2258
  福本卓道 E-mail takudoo@d1.dion.ne.jp
     ※dl(ディーエルではなく、d1ディーいち1です)



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