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インターネット会報2013年5月号

作曲家 武満徹氏のことば(大石博康)
天吹をいただきました(貴志清一)

作曲家 武満徹氏のことば  大石 博康

 読者の皆さんは、現代音楽の分野において日本を代表する作曲家武満徹氏(1930〜1996)をご存じですか?
 武満氏はエッセイストとしても著作を多く残されていますが、本業の作曲では1967年に「尺八・琵琶・オーケストラのためのノベンバーステップス」が鶴田錦史、横山勝也演奏、小澤征爾指揮、同オーケストラによりニューヨークで初演され絶賛されました。
 また、尺八・琵琶という日本古来の楽器が注目されてきたのもこの頃、1960年代です。青木鈴慕、横山勝也、山本邦山の尺八三本会や多くのスター演奏家が活躍し、大戦後の邦楽界における第一期黄金期といわれていた時代です。

 武満徹氏は映画音楽でも尺八を使用した数々の作品があります。尺八の音を好み、大切にして自己の音楽表現に供したのかと思います。
 さて、先日私の古いノート(備忘録)のページをめくっていたら武満徹氏の記録を見つけました。武満徹氏が尺八という楽器とその音声についてどの様に感じ、考えていたか参考までに記します。

 (尺八の魅力は)やはり音色でしょう。僕は西洋音楽をやっているわけですけど、ですから、普段付き合っている楽器はフルートとかクラリネットとかバイオリンとかですね。
 西洋の楽器は普遍化するために調律してきますでしょ。だから余分なものを捨てていく。段々歴史的にそうなってきましたね。
 ところが尺八は、ムラ息とかですね。西洋人が考えると一種の雑音のような一つひとつの音でもその中にいろんな運動がありますでしょ。それがなんとも言えず僕にとって魅力がある。音楽ってものをこれから考えていくうえで大事なものがいっぱいそこにある。
 ・・・・・・・何しろ空気振動で音楽ができてるっという単純素朴なことが、ちょっと忘られつつあるんですね、今。それは尺八なんかを見たり聴いたりしていると、一番人間の大事なことを思い出させるっていうか、まあ、僕にとっては、そういう意味で尺八っていうのは大事ですね。

 NHK教育テレビ1982年(昭和57年)9月24日放送“竹のひびき・尺八三本会”(作曲家)武満徹氏談

◎ 尺八の名人がその演奏のうえで望む至上の音は、風が古びた竹藪を吹き抜けていくときに鳴らす音であることをあなたはしっていますか?

◎ 私は沈黙と語り合えるほどに強い、ひとつの音に至りたい。

◎ 洋楽の音は水平に歩行する。だが、尺八の音は垂直の樹のように起こる。

 皆さんは、読後どう感じましたか?会報No.234号、No.274号(HP のNo.158, 198)を読み直してください。貴志氏が何故地無し尺八を吹かれているかが理解できると思いますが如何でしょうか。
 現在、市販されている尺八の大部分は、ピッチが正確で美しい音が出せますが、素朴さに欠けると感じられます。地無し尺八を伝承し、製管を続けておられる製管師がおられること、これは、商売抜きの精神でと思います。尺八愛好家にとって頼もしい限りです。

天吹をいただきました  貴志清一

 本研究会のみなさまは「天吹」(てんぷく)という尺八についてごぞんじでしょうか。天吹は薩摩地方(鹿児島県)にのみ伝わる不思議な楽器です。 長さ30cmほどの長さで割合細い布袋竹でできています。真竹でできているのもあるのですが、いずれにしてもその起源がよくわかっていない尺八です。
 形状は三節五孔で1500年頃の三十二番職人歌合の図で薦僧が吹いている三節の尺八を思わせます。一節の一節切とはまったく制作の基準が違うことは私のような素人でもわかります。
 起源がよく分からないといわれますが、一番古い記録は関ヶ原の合戦のときの話にでてきますから、少なくとも400年以上前には存在していたことになります。
 天下分け目の関ヶ原の合戦で石田三成側についた薩摩の島津義弘はなんと敵陣突破の退却を敢行したのですが、ただでも命の保証は全くない敵陣突破なのですが、義弘配下の武将があろうことか只一騎、引き返してくるのが見えた。徳川の手勢にたちまち取り囲まれ既に首を落とされそうになったのは北原肥前守掃部助(かもんのすけ)であった。
「しばらく待たれよ。それがし、かかる恥辱を受けたるはこの一管の天吹のためである。願わくば今生の思い出に一曲を許されよ。」と叫んだ。今は敵の屯所と変わったその草むらに、前夜月明かりを仰いで朗々と吹いた天吹であったが、戦況急転したため、彼はそれを置き忘れて走ったのであった。
 敵将も武士、彼は天吹を吹くことを許されしばし目を閉じ歌口を湿してやがて吹き始めた。その豪放な響きは寥々として血の戦場を清めて流れた。声一つでなかった。まもなくその響きは家康の耳にも入り「まことに良臣、決して殺すでないぞ」との
言葉に掃部助は島津義弘に追いつき故郷に帰ることができた。この北原肥前守掃部助の子孫は後、鹿児島城下の新屋敷

に住み、このゆかりの天吹は助命器(命を助けた楽器)と名付けて代々伝えられた。
 歴史は流れ1945年までこの助命器は伝えられた。伝えたのは掃部助の子孫に当たる、有名な初代忠犬ハチ公像制作者、また西郷隆盛銅像制作者の彫刻家・安藤照氏だった。しかし昭和20年5月26日、東京渋谷区代々木初台の自宅でアメリカ空軍による非戦闘員に対する空爆により爆死。愛嬢を膝にしっかりと抱き、端座したままの安藤さんの焼死体が防空壕から発見された時人々は声をあげて泣いた。それは安藤さんの芸術を惜しむ人のみならず、天吹愛好家にとっても痛ましい知らせになった。安藤家はかつて肥前守の一族で照氏はその家伝を受け継ぐ最後の天吹の名手だったからである。名器“助命”の一管も戦火と共に消えた。この天吹も昭和20年代後半には、伝承者は太田良一氏ただ一人となってしまった。昭和30年には「天吹柴笛振興会」が結成され復興運動が始まったが長続きせず昭和34年に氏が没すると共に自然消滅した。しかし太田氏から天吹を習得した白尾國利氏が天吹の研究を続け奏法についての克明な記録を残し昭和56年に「天吹同好会」が発足し伝承復興に努めている。
 このように古く、一節切とも同時代を過ごした天吹という尺八の仲間について調べてきますと尺八吹奏家にとって天吹は非常に興味深い楽器です。
 幸い白尾氏を天吹の師とされています島津義秀氏を存じ上げていますので連絡をとらせていただき先日大阪の住吉神社でお会いし、ご自作の天吹と解説・楽譜をいただきました。
 島津義秀氏は 『薩摩の秘剣』(新潮新書)の著者で野太刀自顕流を治め、薩摩琵琶の奏者でもあります。氏は江戸時代の徳川家でいえば御三家にあたる薩摩四家の中の加治木家の当主でもあります。古い言い方かも知れませんが150年ほど前でしたら私のような百姓の小倅はお目通りはおろか、地面に這いつくばらなければならなかったのでしょう。
 それはさておき、さっそく吹いてみました。小さいとはいえ、地無し竹の音色がします。音程は自分で作る楽器ですのでいただいた楽譜と実際の音源を参考に今後研究していきたいと思っています。
 写真を4枚掲載しています。特に歌口の削り方などは参考になりますのでご覧下さい。(HPでは省略)

【お知らせ】
尺八吹奏研究会第35回
尺八演奏会と実技講習会   
尺八のユリ[ビブラート]) 

出演 尺八:貴志 清一  寺道 敬宇 井上 武司   
   箏:菊苑 馨 菊実和 里 

日時 :2013年5月19日(日)

場所:大阪府泉佐野ふるさと町屋館(市文化財)
   南海本線泉佐野駅より徒歩5分

尺八演奏会1:30〜3:00

尺八古典本曲 「鶴の巣籠」「産安」「志図の曲」他
箏・尺八合奏 「千鳥の曲」「雨の水前寺」「キビタキの森」

尺八実技講習会 3:00〜4:30
(一尺八寸管使用・聴講のみも可:テキスト付)

○尺八のユリ、滑かなビブラートを獲得するために

 尺八でいろいろな曲を豊かに表現するためには、ユリ(ビブラート)は欠かせません.しかしユリについては指導の方法や、
その原理すらも明らかにされてきませんでした。
 名人の言葉に「滑らかなユリ(ビブラート)は心でつけるもので、教えられるものでない」というのがあります。しかし、これで
は私たち凡人は救われません。
 「そんなことはない。短期間には無理だけれど、ユリは正しい原理を知り適切な練習を積み重ねれば獲得できるものであ
る」ということを今回の実技講習会では示したいと考えています。

○参加費  尺八演奏会 無料(要:入場整理券)
     実技講習会代 1、000円(テキスト付)当日お支払い下さい
○申し込み法
ハガキに「35回希望」または、「35回・実講希望」と明記し 
 住所・ご氏名・番号、御参加人数をお書きの上、下記までお申し込みください。 折り返し入場券(地図付)をお送りいたします。
○宛先〒590ー0531泉南市岡田2ー190-7 貴志清一

 
【ご案内】
「尺八吹奏法U」ご注文の節は、 
邦楽ジャーナル通販 商品コード5241、http://hj-how.com
(送料別途)