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インターネット会報2013年7月号

120年前に「尺八の本質は音色にあり」と看破した英国人
-ピゴット著『日本の音楽と楽器』(1893年刊)を読む-
貴志清一

「私はある暗い晩の出来事で、いまだに記憶していることがある。
 それは中禅寺湖の山村にある料亭で、露台に休んでいるときのことであった。小さい木製のいかだに点じられている数百のろうそくの明かりで湖面はあかるくなっていた。精霊流しの供物が水の上をゆらゆらと流れてゆき、対岸の神社に繰り出していく参詣者の祈願の声さえ運んでいた。すると突然、湖面を渡ってこの単純な笛(尺八)の柔らかく透きとおった音がきこえてきた。
 日本へ来て間もない頃の私は、この国民が非音楽的であると聞かされていただけに、このガラリア湖とでもいうべきところから、こんなに美しい音が流れてきたのには驚くほかはなかった。」
(原著Francis Taylor Piggott (1893) "The Music and Musical Instruments of Japan"の邦訳『日本の音楽と楽器』1968年音楽之友社、p56より)

 この文章から分かるとおり、日本美術、特に浮世絵が西洋の美術界で高く評価され印象派に大きな影響を与えたのとは対照的に日本音楽はヨーロッパでは"非音楽的"、聴くに値するものなど何もないと思われていました。ところが、中禅寺湖の尺八体験など経た英国人ピゴットは「いや、そうではない。日本にはそれ独自の美しい音楽がある。」と考えたのでした。1889年(明治22年)頃に来日し彼は素人なりにこの考えのもとに日本の音楽を調査し,帰国後の1893年(明治26年)にその成果を『"The Music and Musical Instruments of Japan"』として出版したのです

 本の内容が日本の邦楽に寄与したとは言えないのですが、この時期に外国人の目から見た記述は明治初期の日本の音楽事情の貴重な証言になっています.本書は3部に分かれています.
  第1部 日本人の音楽→日本音楽の歴史と当時の音楽・音楽界の状況
  第2部 日本の音階→箏を使って音階・ピッチ等を分析
  第3部 日本の楽器→30種ほどの楽器の説明
いずれも精緻に説明されていて驚くばかりです。

 詳しい内容は邦訳本も古書店で入手できますし、大きな図書館にはたいてい蔵書していますので実際に手にとってお読み下さい。また、原著も復刻されていまして通販で入手できます。(たとえばamazonなど)

 さて、ここでは尺八に関した内容を少し引用してみましょう。
(ページ番号は邦訳『日本の音楽と楽器』より)

「尺八(lipped bamboo pipe歌口のある竹の笛)のためには、これまたたくさんの独立した曲がある。現代に伝わっている尺八の曲は、琴の曲とはまったく別の出所から由来したものらしい」(p18)

 おそらく"たくさんの独立した曲"は尺八本曲のことだと考えられます。それを琴古流表裏36曲と仮定すれば、たしかに"たくさんの独立した曲"になります。そして「独立しない」曲として琴/三味線に合わす三曲合奏もあったことを想像させます。実際、明治五年に普化宗が廃止されて二世荒木古童(竹翁)たちが政府に「音楽の楽器として尺八を認めてほしい」と運動し、三曲合奏がだんだん盛んになっていったのが明治の尺八の動きでした。しかし、その流れの中でも「尺八本曲」は伏流水のごとく吹き継がれていき、来日外国人にも「これまた、たくさんの独立した曲がある」と記されるほど大切に吹かれていたことが分かります。

 本書の第一部ではわざわざ「尺八の出現」という見出しで尺八について述べています。(p55)しかも1ページ大の挿絵も載せていますので著者の尺八への思い入れが伝わってきます。この挿絵は今から思うと果たして適切かどうか疑問なのですが、浮世絵師の豊国描く1825年頃の「尺八を吹く女」というものです。私も少なからず浮世絵に描かれた女性尺八吹きを見ていますが、この図は初見です。有名なところでは鈴木春信の「尺八を吹く女」(『笛ものがたり』所載)がありますがこれは太く立派な虚無僧尺八です。根節の表現もしっかり描けています。ただこの女性はおそらく遊女で、太く立派な尺八を持つポーズが図像として面白かっただけだと思います。1825年といえばまだ江戸時代で曲がりなりにでも「尺八は武士(男子)だけが吹ける」という掟書きが罷り通っていた時です。実在の女性尺八吹きをモデルにして描いたのではないと思います。
 問題は、日本の実際の社会、文化を知らない外国人がこの浮世絵を見た時、おそらく「尺八は男性、しかも原則として武士階級のみが吹ける楽器」とは想像もつかないと思います。
 それはさておき、実際の尺八についてです。

「尺八は最初から独奏楽器として扱われていたが、既にも記したように三味線との合奏にはときどき使われている。
 尺八がどうしてこの国に採用され、その美しい音色がどんなに日本人に喜ばれているかということは、この国の音楽を研究する者にとって少なからず興味のある問題になるようだ。」(p55)

 ここでも著者は尺八の音色のすばらしさに言及しています。
 いまだに一部の日本人の中に「尺八の良さなど、味噌汁と米を食って育った日本人にしか分からない」という偏見をもった人にこの120年前の英国人の感想を読ませたいくらいです。
 尺八の音色は人種・国籍を問わず、人間の心の深いところに訴える普遍的な美しさを持っているのです。これは信じていいことだと思います。
 逆もまた真なりで、西洋音楽の名曲の数々も文化的違いの大きい日本人にも心に訴える力を持っています。個人的な経験ですが、今から45年ほど前まだ中学生だったころ、南米のアントニオ・パントーハが吹くケーナをレコードで聞き感動したことを思い出します。あのケーナの音色・音楽は地球の反対側ほど地理的に離れた何も音楽のわからない日本の中学生の心をとらえたのでした。
 ただ、いずれも聞く耳や感性を持っていないとその良さは味わえないことは当然です。いま日本の普通の生活の中では尺八の音はなかなか聞けません。私も時々小学校の邦楽鑑賞会で尺八を演奏しますが「この笛、尺八というのだけれど、今まで見たことのある子はいますか?」との質問に100人中1人「見たことある」子がいたらまだ良い方です。ほとんどの児童が「見たこと」がないのですから、だれも「聴いたこともない」というのが今の現状です。
 しかし、ヨーロッパも同じような現象があるらしく、あのメンデルスゾーンゆかりのドイツ、ゲヴァントハウス・オーケストラのコンサートマスターが「特に若い世代のオーケストラ離れが激しいので、青少年対象のコンサートにも力を入れざるを得ません」と言っています。(2012年度放映NHK「テレビでドイツ語」)
 すなわち、本当に良い物、芸術的なものというのは受け取る側の感性が大きくものを言います。まだ言葉もしゃべれない時からテレビの前に置かれてガチャガチャした音の洪水にさらされ、車がひっきりなしに轟音を立てて通り過ぎていく道を歩き、食事の時でさえテレビが大音量で喋くっている、そういう中で何年も、何十年も過ごせば「良いもの、優れたもの」を聴く感性はマヒしないわけにはいきません。
 尺八を吹いている愛好家の中でもいまだに「大音量(バカ鳴りといいます)、指の器用さ」等に感激する人がたくさんいます。
 しかし数はきわめて少なくなっても「よい感性」を持った人が1000人に1人くらいはいるかもしれません。日本の人口1億と見て、その数10万人。そのうち10人に1人「自分もあの深い音色を出してみたい」と思って尺八を吹けば1万人の尺八人口があることになります。まあ、1万人もあれば尺八音楽は継承されていくでしょう。

 話は戻りますが、おそらくこの本の著者は「よい感性」を持った人だったのでしょう。だから尺八の音色も深く受け止めることができたのだと思います。
 
 さて、原書では尺八の音色を次のように表現しているそうです。
"mellow notes", "beautiful sound", "soft clear tone", "the mellowest of wind instruments","sweet (sound)"
 特にこのmellowという言葉は印象深いです。単にきれいではなく、
〈果物なら〉熟していて、〈お酒なら〉芳醇(ほうじゆん)で〈光なら〉豊かで美しい,そして〈人間なら〉年をとり経験を積んで円熟した,そういう言葉です。
 この中で〈大音量の〉はでてきません。ピゴットは尺八の「豊かで芳醇な」音を賞賛しているのです。
 
 第三部では日本の楽器の個別解説があります。尺八については断面図の写真(HPでは略)も掲載されていてそれが節残しの地無し管だと分かります。

「尺八・・・ 尺八は太い竹でできていて、内側を(漆)塗ってあり
長さは20インチから20.5インチに及んでいる。節から節までのあらましの寸法はそれぞれ6インチ3/4、5インチ3/4、4インチ、3インチ1/2となっているが、理想的な寸法は6インチ、5インチ、4インチ、3インチということだ。内径は頭部で1インチ、底部で1インチ半となっており、外径は頭部で1インチ半、竹の根のふくらみを持たせている底部では2インチになっている。
 上手に吹いた尺八の音を聴くと、最も柔らかい音を出す管楽器の一種であることが分かる。しかし演奏が非常に難しいことから察して、江戸の行者、大森宗左以来、辛抱づよい師匠と弟子が代々受け継いできた秘訣の言い伝えがあることは確かだ。・・・後略」(p221)

 この文章を読むと著者がかなり深く尺八のことについて知っていることがわかります。私の感想よりは、各自で実際にこの本をお読みになられることをお薦めします。

 最後に、昨年2012年6月に京都で開催された国際尺八フェスティバルでも耳にした非公式な統計を記します。すなわち「日本と海外の尺八人口が逆転し、いまでは外国人の尺八人口の方が多い」という統計です。この本の著者が感激しているとおり、深い感性を持った人々にとっては尺八の音色は普遍性を持っています。世界で何千人という尺八吹きが生まれている現実を前にしますと私も微力ながら国内で尺八の良さを広める努力をしなければならないと思う次第です。
  
 
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