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インターネット会報2013年11月号

                                                        
"瀧落之曲"発祥の地・旭瀧、龍源寺について 大石 博康

 初秋の伊豆半島への旅の途中、修善寺温泉の蕎麦屋に立ち寄りました。
 店内に周辺の風景写真が貼られており、その中に旭瀧という瀧の写真を見つけました。
 「旭瀧・あさひだき・・・・今いるところは、伊豆大仁に近い修善寺だ。名曲・瀧落之曲発祥の旭瀧、そして龍源寺(ろうげんじ)の跡がある」と思い店の人に訊ねたところ、「お寺のことは良く分かりませんが、旭瀧は車で15分くらいの所にあります。」と教えてくれました。
 早速、修善寺から下田街道(天城街道)に出て、湯ヶ島、月之瀬方面を南下し、街道沿い右側に大平公民館、その脇に"旭瀧入口"と表示された小さい看板がありました。
 公民館脇の細い道を100メートルほど行くと右手に竜泉寺という寺(龍源寺にあらず)があり、なおその道を直進すると、こんもりした森となりました。左手に大平神社があるが全く人影は見当たりません。
 この辺りに来ると水の音が聞こえ、道は石段となり、なお登っていくと幅10メートルほど、高さ100メートル余り、数段に流れ落ちる見事な瀧が見えてきました。前日に大雨が降ったので通常より水量が豊かであったと思われます。
 滝壺の付近に伊豆市教育委員会の史跡案内の看板があり、紛れもなくここは、龍源寺跡だったのです。また、七基の苔むした卵塔がありましたが判読できませんでした。旭瀧は従来の私のイメージでは深山幽谷の中にあると思っていましたが、小高い大平山地の一角に流れ落ちる瀧です。
 後日、湯ヶ島出身の尺八の友人に聞いたところ「水源は同山地にある池にあるようです。渇水期には情けないほどチョロ、チョロした水量の水が流れ落ちている。」とのことでした。
 私たち、尺八に関係する者にとっては貴重な史跡ですが、残念なことに数多く出版されている旅行ガイドブックや現地の観光案内には旭瀧・瀧落之曲・龍源寺についての記載は見当たりません。
 尺八吹奏研究会愛読者の方で中伊豆を旅行される方は一見の価値があると思います。


【参考文献紹介】(貴志)
 江戸時代の伊豆・虚無僧寺の龍源寺についての考証は『一音成仏』(虚無僧研究会・第十五号)に「裾野地方の虚無僧について」と題して芹沢充寛氏が書かれております。
 この中で興味深いのは、明治の普化宗廃宗の時に龍源寺の本尊を託した先が金竜院だということです。金竜院と龍源寺は直線距離にして200mほどしか離れていません。しかもこの金竜院の開基が一節切で有名な北条幻庵であることです。
 幻庵は北条早雲の三男であり一節切の名手であり"幻庵切”と名づけられるほどの製管名人でもありました。秀吉によって滅ぼされた北条氏の家臣の中には一節切(尺八)をたしなむ者がたくさんいました。
 歴史史料の裏付けがないので何とも言えないのですが、この金竜院・龍源寺・虚無僧の関係は興味あるところです。

※金竜院に祀られている元の龍源寺の本尊の写真は『一音成仏』第十二号p106に掲載されています。(千手観音と不動明王の二躰です)


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