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インターネット会報2013年12月号

還暦記念:最初で最後の「笛物語コンサート」
(収録CDは80円切手5枚同封の上、事務局へ。文末参照)
貴志清一


 尺八を始めて今年で35年になります。邦楽の世界で35年というのはまだまだ駆け出しの域なのですが9月で60歳になりました。ちょうど節目になりますのでいつもと違った演奏会をさせていただきました。題して「笛物語」(2013年11月24日、貝塚市コスモスシアター視聴覚室)。
 今から47年前にブラスバンドで楽器を始めて現在に至るまで病気の時以外は毎日なにかの楽器(フエ)を吹いてきた一人の音楽愛好家が今まで手にしてきた楽器の中から演奏レベルを無視して「吹きまくる」というコンサートです。一つの楽器に対して一曲演奏しました。 オカリナなども吹こうと思ったのですが、あまりに一般化していますのでカットしました。またCDでは協力してくれました同年のホルン奏者の演奏等も省略させていただいています。
 まず使用楽器と曲目を紹介させていただきます。

・尺八(地無し延べ一尺八寸管玉水銘:琴古流本曲「巣鶴鈴慕」) 
・弥生のフエ(素焼き、卵形:想像復元曲) 
・一節切(古管:銘《如山》推定1600年代、
     『糸竹初心集』所載「さがり葉」)
・ケーナ(ペルー製:「コンドルは飛んで行く」)
・パンフルート(「The Rose」)
・リコーダー(黄楊製ソプラノ:「チャルダーシュ」)
・カルベ(左持ち、右手は太鼓「ファランドール」)
・ピアノ(「見上げてごらん夜の星を」伴奏、旋律:ホルン二重奏)
・フルート(ピアノ&ホルン&フルート合奏、「涙そうそう」
      「いい日旅立ち」) 

 私にとって笛物語はひとりのアマチュア音楽家の失敗と努力と、そしてささやかな成果の物語です。
 『尺八吹奏法U』をお読みいただいてくださったの中には、「なんと回りくどい説明なのだろう、吹奏法とは言っても"当たり前"のことの羅列にすぎない」と思われた方もいらっしゃると思います。
 音楽的才能を持った奏者にとっては尺八を吹くことは簡単なのはわかりますが、私のような勘の鈍い愛好家にとっては「くどいほどの」説明が必要なのです。翻って考えますと、世の中の人間すべてが音楽的・器楽的才能を持っている訳ではないので『尺八吹奏法U』のような説明も必要だと考え作成したわけです。
 では著者である『尺八吹奏法U』の元になった私の音楽経験はどういうものだったのでしょうか。そのことを自分自身、改めて確認したく今回の「笛物語」コンサートを企画したという訳です。
 意外に思われるかも知れませんが、幼・少年期を通じて私は人並み以下の音楽しか持っていないと周囲の人たちに思われていました。その証拠に今でも保存していますが、小学校3年生の通知簿で音楽は「1」でした。1番ではなく、5段階評価で「1」。通常、算国社理以外の教科は滅多に「1」はつけられません。おそらく、「非音楽的なこども」だったのでしょう。この成績表以来、親兄弟は「この子は音楽には縁無き衆生」と私を見ていました。
 さすがに音楽「1」は3年生の時だけでしたが、小学校を通じて「3」より良い評価をもらったことはありませんでした。
 小学校6年生の時に日本の小学校でもリコーダーを導入しようということでプラスチック製の縦笛を持たされましたが吹いた覚えはほとんどありません。
 転機は中学校でブラスバンドに入ったことです。兄がブラスバンド部でしたので「貴志の弟やから、おまえも入れ」と訳の分からない理屈でひっぱりこまれたのです。担当はトランペット。トロンボーンのような大きな楽器は華奢な人間には無理ということでした。
 まあ、音は何とか出るように必死で練習したのですが、ブラスバンドには楽譜というものがあって、奏者はその通りに吹かなければならないとのこと。しかし中学校に入るまで私は、「ド」が五線譜のおたまじゃくしのどれに当たるか知りませんでした。もちろんレミファソラシなんか全く不明でした。
 困りまして、とにかく5本線があって下に横棒が引いているところに引っかかっているのが「ド」。このとき、トランペットのピストンを押さえないで出す(第U倍音)音がそれに当たる。
 しかし楽譜には洪水のように沢山のおたまじゃくしが泳いでいます。運指と一つの音符を対応させても、音楽が進むにつれてどんどん新しい音がでてきます。ここで「無理!退部します。」と言うのか、何とか努力で立ち向かっていくのか、私は後者の方でした。自分の吹くパート(即ちサードトランペット3rd Trumpet)の楽譜すべてにドレミをつけました。それだけでも大変な作業でしたが、家でも練習したいので楽譜を持ち帰って五線譜に写譜しました。当時コピー機などどこにもない時代です。自分のパートだけで無く1st,2ndトランペットの楽譜も写譜しました。また市販の楽譜もよく写譜しました。100曲、200曲でしょうか、そのくらい写譜しドレミをつけていますと知らない間に「ドレミ」を五線譜に書かなくても読める自分を発見しました。嬉しいことでした。"五線譜が読める!"
 ピアノを習ってる勘の良い子供ですと5,6歳で獲得できる能力です。
 精神論や根性論は嫌いな方ですが、ある才能がないとき、それが時間の量で克服できるものについては、努力をしようという心構えをこの時学んだように思います。
 現在尺八指導の他に月2回、ある西洋楽器のアンサンブルの指導をしていますが、部員の方が「こんな細かい音符、吹けない」と泣き言をいうことが有ります。そんなとき「自分が確実にできる速さで1000回ほど吹いたらできるかも知れません。それでもダメなら2000回、1万回吹いたらいいですよ。」と指導します。
 言われた大抵の部員の方は「そんな誇張表現、冗談かな」と言う顔をします。言葉には出しませんが「そんなこと、できるわけ無い。」という表情をされます。まあ、私の言い方も悪いかも知れないですね。 しかし、ある一つのパッセージで、難し所はゆっくり吹いても10秒もかからないでしょう。ゆっくり、時には音型を変えて吹いても長くて1回10秒内です。1分間に少なくとも6回はできるでしょう。たった20分ほど吹いても100回はできます。10日毎日続ければ1000回練習したことになります。それだけ吹けば楽譜を見なくても自然と体が覚えます。次は速さ。だんだん自分のできるテンポで速くしていきます。30日=1ヶ月で3000回練習することになります。8月に楽譜をもらって12月のコンサートで演奏するとすれば3000×4=12000回できないパッセージを練習することになります。
 まあ、少なく見積もっても5000回は吹けます。それを2,30回ほど吹いて「才能がないから吹けない」と地道な練習を抛棄するのですね。
 楽器の上達は「練習しかない」ことを、せめてこの文を読んでくれている方は覚えておきましょう。
 ただし、辛い話ですが「練習を重ねる」ことは必ずしも「高いレベルの演奏力を獲得する」ことを保証するものではありません。しかし、
「練習しない」ことは「決して上達しない」ことを確実に保証します。
 さて「笛物語コンサート」では自分の経験してきたことを「ど素人」のレベルでも発表しようということでして、CD8曲目では拙いピアノ伴奏もしています。このピアノもブラスバンドに関係があります。

《ピアノのこと》
 中学1年の新入部員から一転、2年生になって後輩を指導する立場になりました。その頃は音符にドレミをつけなくてもすらすら楽譜が読めるようになっていました。ところがトロンボーンの楽譜が、どうも雷さんマークの五線譜を使っているらしいのです。家には勿論オルガンなどはありませんでしたので、ヘ音記号に目に触れることはなかったのです。ヘ音記号も音楽の内、ということで、この記号の秘密を何とか知りたいと思いました。すらすら読めれば楽器は違ってもトロンボーンとバスの部員に指導できます。ヘ音記号をすらすら読みたい、しかしトランペットはト音記号。「そうだ、どうもピアノの楽譜にヘ音記号がある」と気がつきまして短絡的に「ピアノを習えばヘ音記号がすらすら読めるようになる」と結論をだしました。
 音楽に無縁の一家でしたが教えてくれるピアノの先生の家にレッスンを受けに通うようになりました。
 ちょっと音楽に関心のある家ですと以下の内容は「考えられないほど音楽的に悲惨な環境」で、同情を通り越して?然とするのではないでしょうか。
 レッスン初日、先生から「ピアノか、オルガン持ってますか」と聞かれました。「あれ、ピアノ習うのにピアノか、オルガンが要るのや」と分かりどぎまぎして「持っていません」と答えると、「それではバイエルの付録の紙鍵盤で当面、練習しておきなさい」とのことでした。
 家に帰って相談し、「急には無理だけど、しばらくしてからオルガンを買ってあげる」ということで安心し、数週間は音の出ない紙鍵盤を机に広げてバイエルの1番から猛練習しました。なにぶん机を叩く音しかでませんので、これで合っているのかどうか全く分かりませんでした。しばらくして、やっと無理を言って買ってもらったオルガンでブカブカ練習を始めました。しかし、レッスンに行くと先生の家のピアノは押さえるのに力が要るのでオルガンで練習した成果があまり出せない、悔しい思いをしました。
 就いたピアノの先生も「音楽的才能とは縁の遠い、」何をしに来ているのか分からない中学2年の男の子には、そっけない指導しかできなかったみたいです。ふにゃ〜と押さえても良い音の出ないピアノと、適切な指導のなさで嫌気が差して半年で止めてしまいました。
 現在は尺八を指導する立場ですが、このときの経験から「はたして今、適切な尺八指導をしているのか」ということを考える習慣がついたと思います。

 しかしこのピアノ経験はヘ音記号を読む能力に役立ちました。またピアノに書いてある「Andane, Allegro, クレシェンド・・・」等のいろんな記号に触れ「音楽理論」の初歩を学んでみようという気持ちにもなりました。
 漢字の読みも不確かでしたが「音楽理論」という本を買ってきて独学で読んでいきました。身近に適切な音楽のアドバイスをしてくれる人などいませんでしたので、もう暗中模索。ちょっとした一言があれば5分で理解できるところが5日も50日も、物によっては20年もかかりました。もちろん14才の時読んで60才の今でも理解できない事柄も多々あります。一例を挙げましょう。
 音楽理論書の最初の方に書いているものに「4/4四分の四」という拍子記号があります。そして、その拍子、四拍子というのは、
「強、弱、中、弱」という風になっていると書かれていました。
 何も知らない、適切なアドバイスの受けられない音楽好き中学生にとって音楽書はまさく権威の塊のようなものでした。
 ブラスの合奏練習の時には何の気なしに吹いているのに、一人で吹く時には「強、弱、中、弱」と考えて吹きました。
 ベートーベンの「歓喜の歌」ですと、(ト長調)
 
シ(強) シ(弱) ド(中) レ(弱)| レ(強) ド(弱) シ(中) ラ(弱) ・・ 

 この「強、弱、中、弱」を〈音量〉として吹いたのです。
 まあ、聴くに堪えられないメロディーになりますね。
 ベートーベンが聞いたら顔を真っ赤にして怒り出すでしょう。
 ひと言誰かが
「強、弱、中、弱というのは音量ではないのだ。強(stress)というはそこに力(音量ではない)がかかるところで、4拍で一巡するまとまり。英語のダウンビートdown beat振り上げたものが下に落ち着く点(強)、アップビートup beat下のものを再度持ち上げる点(弱)と考え、決して音量ではない。
 だから、歓喜の歌は四分音符すべて、ほとんど音量は同じでそのニュアンスが違うだけだ。」
 こんなに言ってくれる人が欲しかったというのが私の思いです。
 こういう風に音楽の基本が不確かでしたから、なんと
「4/4で 全音符で伸ばす音はどうしたらいいんだろう。
 音を伸ばしながら強、弱、中、弱の音量変化にするのだろうか」と長年の間、疑問に思っていました。はっきり気がついたのはもう30歳になっていました。

 トランペットを吹くのが三度の食事よりも好きという中学時代。
 良くレコード店へも行きました。なけなしの小遣いを貯めてルイアームストロングやニニ・ロッソのレコードなども買って必死に聞いていました。ニニロッソの「夜空のトランペット」は溝がすり切れるほど聞いたと思います。良いステレオなどとは違い、縦25cm横30cmの箱になったポータブルプレーヤーで聞くので余計に溝が痛んだと思います。
 従いまして学校の勉強などはどこかに置いて来てしまいました。手先は器用とはお世辞にも言えないし体格もしっかりしていないということで上の学校へ行って勉強してもよいという有難い話で自分の学力に見合った高校へ進学しました。
 ところが入学式が済むと真っ先にブラスバンドの部室へ直行。勉強はどこへいったんや?と言う状態で新しい学校生活が始まりました。
 高校での三年間は尺八吹奏の基礎でもある腹式呼吸を体得し、また尺八にきわめて近いフルートを吹くことになります。
 一回分の会報の分量を越えてきました。「腹式呼吸」「フルート」にまつわる話、そして尺八を始めた動機等は次号でさせていただきます。
 
○「笛物語コンサート」抜粋録音CDをご希望の方は、一筆
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