会報 No.31

論説 練習はじめの{ロ吹き10分}は有害?? 貴志 清一

T氏よりのお便り) 突然お便りすることをお許し下さい。 学生時代ヒョン なことから尺八を手にし、以来趣味として今も続けています。 キャリアこそ3 0年以上になるのですが転勤などいろいろあってここ10年、少し熱心になった ところです。 仲間内の演奏会、研究会など参加していますがいっこうに自分が 納得するレベルにならないのでもうやめようか、いやここまできたのだからもう 少し頑張るかなどなど、尺八を持つ度に心が揺れている昨今です。 そんな時に 邦楽Jで貴師の「毎日のウーミングアップ」を拝見し早速送っていただき有り難 うございました。

Y氏は乙ロを毎日10分と言い、貴師の譜面ではハローと少しアプローチは違 うのですが乙ロを太く、大きく、長く、朗々と出したい気持ちはいつでも変わり ません。 そこで次の2点についてお教え下さい。
1、乙ロを毎日10分間はとても辛く砂時計の5分が待ちきれずに曲に移る日 もあります。毎日のウーミングアップの譜面でも乙ロの練習には十分であると考 えていいのでしょうか。
2、長管はなかなか吹く機会がありません。吹かないから鳴らない、鳴らない からいやになる。といったことでどうも困ります。本当は気分よく本曲を吹きた いのですが、長くなるほど吹きにくくなるのは分かるのですが、太く大きく朗々 と鳴らすベストな練習法があれば教えて下さい。悪い吹き方の自己チェック法な どありますか。 昨年第一孔を5mmほど右へずらしてあたりは良くしたのです が今一つです。尺八が悪い場合もあるのでしょうか。


練習はじめの{ロ吹き10分}は有害??
貴志 清一 お便り有り難うございます。 ご質問に対して私の分かる範囲で お答えさせていただきます。 一般的にプロとして活動されている方は概して音 を自由にコントロールできております。しかもその技術は20年も30年もかか って獲得したのでなく比較的短期間にマスターしております。 それは才能や練 習量の違いがあるかも知れません。ただ尺八はある水準のレベルであれば、さほ ど違いはありません。 しかし、一番の違いは”いかに合理的な練習法をとるか ”という事だと思います。 楽器を持っていきなり難しい曲を吹いたりしていて は上達はおぼつきません。 各自自分で工夫して練習方法を見つけたりします。 また、うまい人が周りにたくさんいる環境ではいろいろ真似をしたり雑談の中で 吹き方のヒントを得たりする事もあるかと思います。  ですから「俺はダメだ 」と思うのは間違いです。 

今まであまりに尺八演奏では合理的な練習方法と、それを実現するためのきめ 細かい教則本が無さすぎたのです。 合理的な練習方法を良い教則本で丁寧に教 えてくれる教授者がいれば、上達への強い気持ちさえあれば短期間である水準ま で到達できるはずです。  手前味噌になりますが、そのために以下のようなも のを作ってまいりました。 吹奏理論では・「尺八吹奏の基礎」「尺八吹奏の基 礎ー補遺」 教則本のごく一部として・「尺八毎日のウーミングアップ」 そし て私の所へ来れない方のために・「ビデオ版尺八吹奏の基礎」 また、細かい技 術的なもののために・会報上の「尺八タンギングの実際」等の多くの論説 そし て忘れてはならないのが、 安藤氏の古曲の奏法、菊地氏の「メリ音の練習」等 、本会の会員の方の有益な論説の数々です。  

ですから、合理的な練習法をとっていれば必ず上達するものだと確信して尺八 を吹き続けて下さい。  前置きが長くなりましたが、具体的に1.2.に関し てお答えしたいと思います。 1、乙ロを毎日10分吹くという練習方法につい て この乙ロ10分は海道道祖がよく「乙ロを毎日10分練習すれば誰でも名人 になれる。」と言った事によると思います。 この言葉は名人?が言った言葉だ と言う事を忘れないで下さい。ややもすればうまい人は”なぜ自分がうまくなっ たのか”を分からない事が多いのです。 よく言われる”名演奏家は名教授でな いことが多い”ということです。曲の中で難しい部分で弟子がつっかえていると  名演奏家は「どんな原因でできないのだろうか」と考えるよりも先に「何でこ んなことができないのかな」と思ってしまいやすいのです。 海道道祖は名人だ ったのでしょう。ですから私など才能の少ない者は次のように読まなければなり ません。  「乙ロを毎日10分練習すれば、名人の才能を持っている人は誰でも名人になれる。」  

それでは普通の才能の人はどうなのでしょう。尺八を吹くときの唇と言うのは たいへん微妙でして、練習の始めからあの出にくい乙ロを吹けばその日一日尺八 は鳴りにくいことになります。 会報でもこのことを詳しく述べさせて頂きまし たが、確認のためもう一度引用させて頂きます。 (会報16号より)「 陸上 競技の選手で、練習始めにいきなり100mを全力疾走するランナーはいないと 思います。そんなことをしたら大きな事故につながりますし、記録の向上など、 とても望めません。やはり始めは柔軟運動、そして軽くジョギング程度で体を慣 らしていき、それから本格的なトレーニングに入ると思います。 ところが尺八 の練習ではいきなり100mを全力で走るというようなことをしている奏者が多 いのです。100m全力疾走は尺八で言えば、乙ロや大甲を強く吹く、曲で言え ば「巣鶴鈴慕」や「七小町」などに当たります。 十分に尺八を吹く為のウーミ ングアップをしないでいきなり難しい曲を吹くので唇や体が曲についていけずに かえって悪い癖がつき、いつまで経っても上達しないということになります。1 0年20年吹いても簡単な童謡すらスムーズに吹けないということになります。

 上達の早い人は何らかの自分で考えたウーミングアップの方法を持っている ものだと思います。ただ、尺八界ではウーミングアップを研究して一人でも多く 尺八を上手になってもらおうという雰囲気は今まで少なかったようです。 ここ で紹介する私のウーミングアップの方法は唯一の方法でもありませんし、またも っとも合理的な方法でもないかもしれません。しかし尺八界にとって、無いより はましなわけです。 このウーミングアップを土台にして、よりよい方法がたく さん出版されることを希望します。  これは、私自身の経験から出てきたもの です。一年ほど前に何を思ったか、ウーミングアップなしに「巣鶴鈴慕」を吹く ことを日課にしました。しかしそれは今から考えますと、唇にとってはたいへん 良くなかったのだと思います。 まるで生き物のように言うことのきかない微妙 な唇のことですから、いきなりウーミングアップなしで甲音のみの難しい曲を吹 きますと、唇は硬くなってしまい、良い音色は出にくくなります。 実は、いい 響きの音と唇の自由さを得るためにと「毎日の日課」を著した私なのですが何を 勘違いしたのか、全く間違った方法で練習していた時期がありました。 一度硬 くなってしまった唇は、後でいくら練習をしてもなかなかもと通りには戻りませ ん。おかげでくる日もくる日も、どうももう一つ調子が出ないで困っておりまし た。 

ある時、私の尊敬するフルートの巨匠のモイーズという人の伝記を読みまして 、はたと気がついたのです。(フルートも尺八も、そしてノズルがなければリコ ーダーもパイプオルガンすらも発音原理は全く同じです。)
「朝のウーミングアップは、かたつむりの角(つの)といった方が良いかな。あまりにも難しいことから始めてごらん、かたつむりの角が 引っ込んでしまって−−−おしまい! 唇だって同じことさ。」「わしは、絶対に(始 めは)高音域は練習しない。唇が緊張してしまうからね。だからわしは、低音域 だけ練習することにしているんだ。時間が経つとそのうち、高音も無理なく出せ るようになっているんだ。」  『マルセル・モイーズ』P.194、トレバー・ワイ著、音楽の友社

この文を読んで、いかに最初に難しい曲をウーミングアップなしに吹くことが 愚かなことかが分かりました。 魔がさしたとしかいいようがないのですが、唇 のためには乙のリ(ハ)より、何度も何度もゆっくりと音延ばしをして唇を柔軟 にしてゆくのが大事だと「毎日の日課」を著した私なのですが。 ですから、も しも私のように甲音の難しい音から始めたり、また、比較的出しにくい乙ロから 始めたりしている方がおられましたら、騙されたと思って一度この「尺八ー毎日 のウーミングアップ」を30分間試して下さい。・各音は本当にゆっくり吹いて 下さい。速さは遅ければ遅いほど効果があります。・繰り返しの後は少しだけ早 めに吹いて下さい。指がなめらかになり、曲を吹く  ときの助けになります。 ・琴古流は(乙ハ→リ、甲ハ→ヒ、甲ピ→ハ五)として下さい。・乙のロなど、 出ない音があれば本当に小さい音でそっと吹いて下さい。一年ほど経つとだんだ ん出てきます。その出てきた時に始めてしっかり吹けばいいのです。 いずれに しましても、この「尺八ー毎日のウーミングアップ」でますます上達されますこ とを希望いたします。  以上長々と引用しましたが、これは2、のお答にもな っているかと思います。「長管を朗々と鳴らす練習法」は今の所、「毎日のウー ミングアップ」を丁寧にゆっくり吹くことだと思います。 また、尺八が悪いこ とも十分考えられますので信頼できる製管師さんにご相談下さい。

(「尺八ウーミングアップ」の参考VHSビデオあります。演奏、貴志 清一 )申込先  尺八吹奏研究会 第3事務局(ビデオテープ配布部)〒791 愛媛 県 松山市 姫原2丁目3ー39 辻 智和 氏まで「尺八ウーミングアップ」 の参考VTR希望と明記の上、ご自分の住所氏名を書いて390円切手を貼った 返信用封筒(角3号)と郵便為替1000円分を同封してお申込下さい。


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