会報 No.33

「琴古流尺八史観」を読むA留場(とめば)について 貴志 清一(1998年 3月15日)


「琴古流尺八史観」P.168中、 京都の明暗寺が元禄7年(1694年) に民間の虚無僧とも言うべき本則弟子に宛てた「本則弟子江申渡定」の中の一条 に以下の文があります。

一、河東五条より下一の橋迄者古来より留場に申付、尺八修行差留置候条此旨 相心得候、・・・・

(訳文) 京都の河東五条より下の一の橋までは昔から留場ですから、尺八修 行・托鉢はしてはいけないのです。この旨をきちんと心得て置きなさい。

 私は長い間この文の中の「留場」がどうもよく分かりませんでした。 この 留場を「琴古流尺八史観」では殆ど説明していません。 ところが、神田可遊氏 のの「虚無僧の音楽A」(邦楽ジャーナル1996JUNE )にはこの留場のことを的 確にご説明されていて目から鱗が落ちるという感じで理解できたのです。いまこ の文をを引用させて頂きます。  

「……さて、1700年を前後する時代は、虚無僧にとって名実ともに大転換 期となった。 まず「普化宗」を名乗ることである。これで禅宗であることの建 て前を確立する。京都明暗寺では興国寺と本末関係を結ぼうとする。一月、鈴法 両寺に対する権威での対抗だ。両寺が「普化宗総本山」を名乗ると「虚無僧本寺 」をもって対抗するというふうに、後にも本山争いが起こったりする。 「名」 と共に「実」の問題として重要なものは、
留場(取締場)の形成である。これによって虚無僧の経済的基盤が確立する。
・虚無僧の托鉢をやめること
・ニセ虚無僧を取り締まることを条件に、村村が連合して何がしかの米や金銭 を虚無僧寺に納めるという制度で、現在でも村方文書中にこの留場証文がよく残 っている。
留場になるまでは、虚無僧側から各村村に対して、嫌がらせと思われる事件が 頻発しているが、こうしたこともあって虚無僧=悪役という一つのイメージが出 来上がっていた。 一方、市中では、虚無僧姿があこがれの的という逆のイメー ジが作られていった。…………」 

繰り返しになりますが、留場を一言で説明すると、村方へかなりのいやがらせ (暴行も含めて)をして村がどうしようもなくなり、金穀を支払う代わりに村に 虚無僧が入らないようにするという制度で、いわばやくざの縄張りでの金の脅し 取りみたいなものです。。  

これは資料的にも分かっていて、一例として1774年に出された相模の柳川 村触れ書き(法令)を村人が承り確認する請書を見て下さい。(「伊勢原神宮寺 史」P.96より)(尺八吹奏研究会会報では資料を掲載しております)  今分か りやすく要約してみます。

「・・・この頃村村に虚無僧が托鉢にきますが、百姓に対しねだりがましいこ とを言ったりします。また、泊めてくれと村役人(世話人)などへ頼むものです から、村役人が宿泊を世話してあげるとその泊まった家に難儀を言い、その上あ ばれて場に居合わす人たちを尺八で暴行を加えて怪我をさせたりすると言います 。 そんなことは不届きなことである。  中略 今後少しでも不法な虚無僧が 居たらその村中みんなで差し押さえて御料(地)はその代官の所へ、私領は領主 ・地頭役所へ連行させなさい。 もしそうしないときは村の責任になります。   後略 ・・・・・」  

このような暴力虚無僧もいたというのも当時の現実でした。 平成の今でも暴 力団があり世の中なかなか変わらないものだと感じます。 さて江戸時代も今も そうでしょうが、その場その場の暴行は受け損ですから仕方無しにお金で解決す るようになります。 それが「留場料」です。 
虚無僧の托鉢をやめること・ニセ虚無僧を取り締まることを条件に、村人が連 合して何がしかの米や金銭を虚無僧寺に納めるというものです。 たとえば相模 の1827年の虚無僧寺が出した「留場料」の領収書を掲載しています。(「伊 勢原神宮寺史」P.102参照)  いまでは許せない、暴力団のようなことを昔の虚 無僧がしていた事実を考えると、虚無僧研究は過去の輝かしい歴史を研究するの ではなく、過去の暗い事実を暴き出すということにもなり、私などは若干研究意 欲をそがれるのです。  

この江戸時代における虚無僧の害を考えると明治4年に明治政府によって普化 宗が廃止され、虚無僧が否定されるもの自然な流れだと考えられます。ですから この布告の文中にある普化宗廃止の理由も的を得ていると思います。以下その部 分を引用します。(「伊勢原神宮寺史」P.168より貴志原文訳)

「・・・加えるに、その虚無僧と唱える者は以前から多くは品行が悪い武士の 浪人出身で自然と平素の所業は傲慢で無礼であった。田舎の村へ托鉢するときも 良民を苦しめたということがあった。 ・・・今新しい時代になり、王化を宣布 する今日、虚無僧をそのままにしておいてはその害も少なくないのである。(だ から普化宗を廃止するのである)・・」  

尺八を吹奏する私としてはこの江戸時代における「留場」に代表される虚無僧 の乱暴はできれば避けて通りたいのですが、あえて事実は事実として認めなけれ ばならないと考えこの文章を書かせて頂きました。


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