戻る

             素人でもいい、いろんな曲を吹いてみたい   (参考音源「花~すべての人の心に花を」)              貴志清一

 昭和53年(1978)、25才の時に尺八を始めました。都山流のA氏の下で練習を開始しました。入門すると自動的にB会という師匠の主宰する 会に所属するのですが、どうも会則に書いていない不文律のようなものがあるということがだんだん判ってきました。ただ周りの弟子の方々は「そんなこと、自 分から察しろ」という厳しい雰囲気でしたので少々困りました。
 未だによく判らないのですが、都合で一ヶ月丸々休んでも、翌月には前月分も含めて2ヶ月分の月謝を払わなければならないと言うのがあります。師 匠が弟子に与える指導の時間に対する対価ではないのですね。その論で行けば、2ヶ月休んでもその分の月謝を納めるということになります。しかし、会則のど こにもそれは明記されていませんでした。明記されていて、たとえば
・休んだ月も月謝を納めます。
・ただし、3ヶ月目からの分は無料となります。
このように書いていれば納得してその通りにするのですが、それは「あなたが、察しなければなりません」では少々納得できません。 

 また、これこそ明記していないのですが、
・民謡を吹いたら破門である。
 (ましてや流行歌など吹くのはもっての外?)

 というのをそれとなく聞かされていました。理由はあまりよくわからないのですが、とにかく一つの「しばり」として自戒せざるを得ませんでした。
 それに、特殊なことかもしれませんが、
・師匠の前での稽古では、一切「ゆり」(ビブラート)をしてはいけない。
 これもB会では不文律のようでした。待っている間、お弟子さんたちのちょっとした会話からA氏のところに習いに来ている人達はほとんど師範か大 師範だということがわかりました。そしておそらく「演奏会」では首振り3年の「ゆり」を入れて吹くのでしょうが、師匠の前ではどんな時でも「棒吹き」に徹 していました。A氏は幅の広い演奏会場向きの綺麗なユリを駆使して見事な演奏をする人ですから、弟子達もお稽古の時にその技法を教えて貰えば良いのに、と いつも思っていました。それと知らずに私はお稽古の時にはまだまだ下手でしたが、ユリを入れて吹いていました。
 常にお稽古では後ろで待っていらっしゃる数人のお弟子さん達から「冷たい」視線で見られていたようです。生意気な「若造」になる気はなかったの ですが、会の「和」を乱す不届き者になってしまっていたようで、ここは2年で辞めました。勿論直接の原因は粗悪品の尺八を買わされ、挙げ句「どんな練習をした ら尺八を(安定して)吹けるようになるのですか」の問いに「吹いている内に慣れてくる」という返事だったのですが。

 尺八で民謡・歌謡曲を吹いてはいけないという「縛り」があったのですが生来民謡も流行歌もフォークソングも好きな人間でしたので尺八でよく「民謡・歌謡曲」を吹いていました。
 歌謡曲をよく吹くからといって古典本曲を修行しないと言うわけではありませんでした。古典本曲、特に「鹿の遠音を吹きたい」という思いは強いものがありました。
 これは個人的な見解ですが、世の中には良い音楽がいっぱいあります。いい歌もいっぱいあります。もし尺八が吹けるなら、そして尺八に適した音楽ならどんどん演奏して楽しめばいいのだと思います。
 そんな考えで40年近く尺八をやってきたので、演奏する機会があれば歌謡曲や流行歌も積極的に演奏曲目にいれています。
 「演奏会案内」でも紹介していますが、5月4日にブルース・ベーシストのMiyatani Fuuさんとギターの田中さんを迎えて「Harlem Nocturne」や「花」を演 奏します。
先日そのリハーサルがありましたので、演奏予定曲の中から「花~すべての人の心に花を」を紹介させていただきます。
ベースギター、アコースティクギター、そして尺八での演奏です。リハの一コマですので、今回は気楽に聞いてください。

 ↓「花~すべての人の心に花を」
http://www.jm3.org/bmbnt/music/337-hana_rehearsal.mp3