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                          大峰登山と鹿の遠音
                        (参考音源「鹿の遠音」)
                                     
 琴古流本曲「鹿の遠音」は江戸時代から秘曲として伝えられてきた尺八の名曲です。独奏の形で吹くのも良いものですが、連管で掛け合う演奏は秋の山奥で雌雄の鹿が鳴き合っている情景が浮かんできてよりすばらしいものがあります。
 江戸時代の文献『当流(琴古流)尺八曲目録』には、
 "呼返鹿遠音秘曲一曲也"[呼び返し鹿の遠音、秘曲、一曲なり]とあります。

 今回は独奏ですが、この「鹿の遠音」を聴きながらお読み下さい。
 ( 音声ファイル「鹿の遠音」のURL↓クリックしてください。 )
http://www.jm3.org/bmbnt/music/341-shikanotoune.mp3
 
 奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
 声聞くときぞ 秋は悲しき
 
 百人一首にある有名な歌です。
 奥深い山に散り敷く紅葉を踏みながら分け入って行くと遠くで鹿が鳴いている。その声を聞くともの悲しい秋がよりいっそう悲しくなってくる。
 動物も含めて自然界のすべてに親近感を抱き木や山にも神が宿ると感じてきた祖先は鹿の鳴き声にも情感を動かされてきました。トランペットの音 (おと)に対して尺八の音(ね)、琴の音(ね)。虫ですら人間と同じ声(こえ)で鳴きます。音(おと)は単なる音響で、音(おと)に心が宿れば音(ね)に なるのでしょうか。尺八吹きを始め、邦楽器奏者は音に心がこもることを生涯の目標にしなければならないと言えます。
 
 「鹿の遠音」も高音部分は牡鹿の甲高い声のようですし、途中の乙ツを聞かせて甲ツレーツレツレツレ、レ打打・・・・(乙)・・・の部分は牝鹿 の鳴き声のようです。残念ながら私は牡鹿の声を録音でしか聞いたことがないので、いつかは秋の奥深い山の中で実際に鹿が鳴き交わす声を聞きたいと思ってい ます。
 少々人間慣れしている鹿ですと奈良公園にたくさん生息しています。師匠の故松村蓬盟先生のご自宅は奈良阪でしたので稽古の帰りによく東大寺の 裏手から興福寺を通り近鉄奈良駅まで歩きました。いつもたくさんの鹿に出会うのですが不思議と一度も鹿の鳴き声を聞いたことがありません。草食動物ですか ら自分の居場所が分かる鳴き声は発情期以外は出さないのかなと思っています。
 鹿に言及した随筆で有名なのが吉田兼好の『徒然草』九段めです。
 「世の人の心まよはすこと、色欲にはしかず。人の心はおろかなる物かな。・・・」で始まる有名な、そして絶対に入試問題にはでない段です。
 この段の全文は84号に掲載していますので一度ご覧下さい。
 兼好は、
「その中にただかのまどひのひとつ〔色欲〕、やめがたきのみぞ。老いたるも、わかきも、智あるも、おろかなるも、かはる所なしと見ゆる。」と結論づけます。
 その証拠として、
「されば、女のかみすぢをよれるつなには大ぞう(象)もよくつながれ、女のはけるあしだにてつくる笛には、秋のしか、かならずよるとぞ、いひつたへ侍る。」と述べています。
 女性の長い髪で撚った綱が実際にあったのかどうかは知りませんが、そんな綱なら大きな象もおとなしく繋がれるというのは何となくわかります。ところが「女性の履いた下駄で作った笛の音には、秋の鹿が必ず寄ってくる」というのは何故でしょう。
 すでに会報84号を見られた方はそこで答えを見つけていただいたと思います。
 繰り返しになりますが、「笛」は「鹿笛」のことです。
 古い時代からの狩猟用の笛で木の板にガマなどの皮を張って固定し、吹き口(ノズル)からの息で「ぶーぶー」という振動音を出すものです。
 84号では考古学遺物としての鹿笛図を省略していますので今回ご覧頂きます。
 
(画像file-name: 鹿笛)
 
 この鹿笛の音は発情した雌鹿の声にきわめて近いそうです。人の心もおろかですが、雄鹿もおろかなのでしょう。日頃は極めて用心深い野生の鹿で も発情期となると状況が違ってきます。その人間が吹く雌鹿に似せた音に雄は突進してきます。おやっと思ったときには時既に遅し。待っていたのは雌鹿ではな く弓矢をつがえた人間です。そしてその鹿笛も材料が女性の下駄の板なら必ず雄鹿が寄ってくるというのです。
 そんなことはあり得ないのでしょうが、何となく納得してしまいそうな話です。
 この記事を書いているときに2年前、大峰山の山奥で野生の鹿に出会ったことを思い出しました。
 大峰山は古くからの山岳信仰が盛んで、唯一現在でも山上ヶ岳は女人禁制です。女人禁制の賛否はここでは問わないことにしましょう。 昔の修行 者は笹を敷き草を枕に峯から峯へと自分の体を痛めつけながら山を巡り六根を清浄にして悟りを求めました。人の心はおろかなもので、しかもこの迷い(色)の みぞ止めがたいのですから行者道に女性が居ればどうでしょう。飛行術を身につけたほどの修行者・久米仙人ですら洗濯している女性の脛を見ただけで空から墜 落するのですから。修行者達は一千年以上の長きに亘り地理的に自分たちを隔離してきたのがこの禁制だったのかもしれません。
 大峰の山上ヶ岳から南へ奥駆け道が始まります。今の自分の体力ではとても縦走は無理ですので安直かもしれませんが行者還トンネルの登り口から奥駆け道にとりつきました。

 (画像file-name: 奥駆け道出会)
 
 なだらかな起伏の縦走路からは大日岳,稲村ヶ岳が見渡せます。


      (画像file-name:弥山手前から大日・稲村)
 
 稲村といえば20年以上前でしょうか、望遠鏡を買って星を見ていた頃にこの稲村ヶ岳の頂上でテント泊しながら星座写真を撮ったことを思い出し ました。確か10kgはある赤道儀を担いで登ったはずです。 天文の趣味は10年以上続いたのですが、今ではその情熱は万分の一も残っていません。時折り 夜道を歩きながら大気汚染でかすんだ南の空を見て「ああ、火星の横に土星が光っている。その下のほうには蠍座の赤い星が微かに見えるなあ」と思う程度で す。
 若い頃に尺八に情熱を燃やした多くの尺八好きが「ああ、尺八は昔、よく吹いていたなあ。押し入れの奥に確かあるはずだけど」と思う程度になるのと同じでしょうか。
 失礼ながら"こんなに面白い尺八、何故吹かないのかな?あれだけ音も出て指も回って上手に演奏していたのに"と思ってしまう尺八の先輩・同輩 がたくさんいます。しかし、それは丁度私の"天文の趣味"と同じで一度消えた興味の灯は他人の力では如何ともしがたいのだと思います。
 我が身をふり返り、40年近くの間一度も尺八に飽きがこなかった自分の幸せを再確認している今日この頃です。本当に情熱という形のないものは一瞬にして消え去ることができるのですね。大正時代のゴンドラの歌の「命短し、恋せよ、乙女」に思いが重なります。
 
 さていよいよ弥山直下の胸突き八丁にさしかかります。荷物は軽いのですが日頃鍛えていない60才の体にとって急な登りは辛いものがあります。

  (画像file-name:弥山付近から大台方面)

 
 やがて真東に大台ヶ原が見えるころに弥山に到着です。ここまで来ればあとは下りだけです。しばしの休憩の後下山にかかりました。
 帰りは近畿の最高峰・八剣山を眺めながら狼平にくだります。立派な無人小屋があり、ここから弥山川の沢登りコースと出会います。30年ほど前にこの沢をあろうことか、下って危うく遭難しかかったことを思いだしました。(HP会報334号

   (画像file-name :狼平の弥山川)
 
 
 狼平の橋を渡ると突然「ガサガサッ」と大型動物が動く音がしました。登山道には"熊出没注意"の看板がありますので一瞬「熊!ヤバイ!」と思 い走る体勢をとって音のする方を見ました。ありがたいことに熊ではなく野生の鹿でした。奈良公園で見る焦げ茶色の鹿ではなく、きれいな光沢のある薄茶色に 鹿の子模様が入ってる鹿です。向こうもこちらを警戒しながら見つめています。カメラを取り出してシャッターを押したのですが慌てていましたので余り良い写 真は撮れませんでした。しかし、大峰山の奥深い森で鹿に出会えたことは幸運でした。もちろんその鹿は鳴いたりはしません。ほんの10数秒で森の中に消えて いきました。(画面左上方)

  (画像file-name :鹿)
 
 大峰山で鹿を見たからといって「鹿の遠音」の演奏が良くなるというものではありませんが、こういう自然の中での体験が広い意味で音楽表現に生きてくるのではないかと思った次第です。