会報 No.35

論説 「琴古流尺八史観」を読むC(最終回) 貴志 清一


「浮世床」に現れたる「尺八指南」

 まずこの有名な日本文学史には必ず出てくる「浮世床」図を見て頂けると分かるのですが、 (日本古典文学全集『洒落本・滑稽本・人情本』小学館、P260)

 この図の江戸長屋といえば一般的な下町風景と考えてよいかと思います。そこで「尺八指南」と看板を掲げまるで義太夫を習うがごとく江戸の町人たちが尺八を稽古していた状況がありありと浮かんで来ます。
 

式亭三馬の巻の上の書き出しにこう書いております。
          
「‥‥‥ひく三弦の稽古所あれば、鳴る尺八の指南所。士農工商混雑て、八百万の相借家。‥‥‥」

 元禄時代頃からメリ音のある都節音階が主流を占めてきましてメリ音の出しにくい、律音階や民謡音階で吹いていた一節切が廃れます。それに代わって虚無僧尺八が江戸時代のいわゆる流行歌を吹きやすくなるので流行します。

 専門的になりますが一節切や三節切というほとんど円柱に近い楽器は、開口端補正が効かずオクターブに違いがでますし、音律調整も難しく筒音を出すにも余計な長さがいります。誰が考えたか7節の尺八は「喧嘩尺八」であたかも喧嘩の道具のように言われますがこれはたいへん音響学的に言って合理的です。

 管が円錐であるので開口端補正の関係でうまくオクターブがでます。さらに筒音も円錐管の分だけ短くて済み持ちやすくなります。更に良い事にはツメリの時、管が比較的細細い部分なので空気分子が大きなエネルギーがいらず小さい音でもきちんと出るのです。
 その素晴らしい証拠としていまだに尺八は7節、もしくは7節を模した内型を使っています。7節だと丁度良い具合に円錐管になるのです。
勿論フルートも頭部管は尺八と同じく円錐管です。またその前身であるフラウト・トラベルソも円錐管を使っています。
こんな3つの長所を持った尺八が広まれば、室町時代から元禄時代に掛けて大いに流行った一節切は消滅する運命だったと考えられます。

 ところで、この指南所・吹合所を開設するには教授免許として本則というものがいり、これが虚無僧寺の大きな経済的収入源であったので江戸時代後半は「武士たる虚無僧以外は尺八を吹いてはいけない」という原則が形骸化して誰でも吹奏できるようになったのである。
 

今、本則の例として門弟”花笠”に与えた宝暦四年の伊勢原神宮寺発行の往来手形付きの本則を転載いたします。”往来”の本文の読みくだしも掲載いたします。
 (「伊勢原神宮寺史」P167より)
 
 往来
 この虚無僧、拙寺門弟に紛れなくご座候
 国々御関所海路共に相違無く、お通し下さるべく候、以上
相州伊勢原 神宮寺
 御関所
  御番所中
  諸寺方丈

 これは虚無僧寺にとっては幕府の手前若干困ったけれど寺の収入の大きなものだったので尺八が広まった訳である。 まことに尺八にとっては良い事で寛政4年(1792)幕府の諮問に答えた文書に「町家に住居して尺八を指南するものの氏名」がじつに14人(実際に教授していた師匠はもっと多いと思われる)もあり、その中には二代目黒沢琴古は自宅の他に出張所を二箇所を持っていた事が分かる。 これが「浮世床」の挿し絵の意味するところだと考える。

 以前の「留場」の解説では虚無僧の暴力団まがいの横暴を述べたが、中にはまじめに修行する虚無僧もいたにちがいない。
 明治維新以前の明暗寺にあって名手として知られていた尾崎真竜(1820〜88)は明暗寺所伝の本曲を中心とし、明暗真法流と呼ばれた。
 江戸では三代目琴古を支えた久松風陽(1791?〜1871?)が事実上の宗家となって門弟を養成した。久松風陽は幕府直参の武士で寺外にあって経済的にもしっかりしていたのである。
 衣食足って礼節を知る・・・といいますが、誠にこの世にあっては生活基盤が大切だと思います。その伝統が吉田一調、荒木古童に受け継がれてゆくのである。


(渡部 氏よりのお便り)
 いつも貴重な論説有り難うございます。まだ二年目の初心者ですが、会報よりたびたび貴重な示唆を頂いております。
 そのなかでも「尺八吹奏の基礎―その3(補遺)」中の”腹式呼吸とその訓練法”は参考になりました。 
 自分で尺八を吹いているときはさほど気にならないのですが、それを録音して聞いてみますと、音に張りがなくがっかりします。その理由は、いわゆる腹で吹いていないからであろうと推測していました。しかし、その感覚がつかめないでいましたが、上記論説で述べている訓練法で何となく分かったような気がしてきました。
 確かに、あのような状態で尺八を吹けば「虚無僧尺八指南」で戸谷泥古が書いている
「吹いているときに尺八で腹を押してもはねかえす」というのが理解できます。
 ただ、まだ意識しているときだけなので、無意識下でもそうなるよう訓練する必要があります。

●「尺八吹奏の基礎―その3(補遺)」中の”腹式呼吸とその訓練法がお役に立っている由、嬉しく存じます。
 今年の夏に戸谷泥古氏より「虚無僧尺八指南」の改訂を考えているので、私の「尺八吹奏の基礎」も参考にしたいとのお便りを頂きました。ご高齢にもかかわらずその研究熱心さには尊敬の念を禁じ得ませんでした。
 ”琴古流奏法”VTRですが、出来るだけ早く製作したいと思っております。
          (貴志 清一)
 


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