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            尺八を吹く鳥-青鳩(立里荒神〜高野山)
                                                                             貴志清一
 2019年7月31日、まだ8月の猛暑に入る前の水曜日。
 40年ぶりに高野山の奥、立里荒神(たてりのこうじんさん)に行きました。
 そのころは就職浪人3年目ということで時間給アルバイトをしながら全く将来の見通しもなく半分自暴自棄になりながら生活をしていました。
 物価が違うとはいいながら月に4万5千円では結婚はおろか、自分だけの衣食住すら支えられませんでした。
 それでも山歩きが好きだったので雪を見に1月に高野山から歩いて立里荒神まで行きました。
 高野山起点の小辺路という熊野古道を辿り、そのころ高野龍神スカイラインの工事中だった尾根道にあがり、
 野迫川村に下り林道を登って立里荒神さんへ到着です。
 車は勿論のこと、人も通りませんし、膝まで潜る雪道に疲労困憊して遭難寸前の状態までいきました。
 その時は何も思いませんでしたが、今なお崇敬を集める日本三大荒神の一つが立里荒神ですのでその力で守ってくれたのかも知れません。
 
 もしそうだったらと思いお礼参りも兼ねて40年後に見る風景を確かめようと出発しました。ただし徒歩ではなく安直に定期バスを使ってです。
(画像1,2,3)





 この日は晴れ時々曇りでしたので東の大峰山脈まで見渡せました。もう少し空気が澄んでいれば吉野の大天井ヶ岳から山上ヶ岳
 稲村ヶ岳、大普賢岳、弥山、八経ヶ岳がくっきり確認できたはずなので残念でした。
(画像4,5)
 


 40年前に泊まった古い畳の古色蒼然とした建物だった参籠所は建て替えられてきれいになっていました。
(画像6)

 さて、平安の昔9世紀のはじめに弘法大師空海が高野山を開くにあたってこの地まで来たり三宝荒神を祈り出し、
勧請して高野の守りとしたのがこの立里荒神です。日本の神仏は融通無碍ですのでこの山全体が荒神なのです。
 真言密教と密接な関係がある修験道では山自体を神仏と観じて遙拝していきます。

(画像7)


 もちろん私には弘法大師のように三宝荒神を示現させる力など全くありませんので専門の神職の方にご祈祷をお願いしました。
 願い事を書く紙をいただき即、[(尺八)技芸向上」と記入。
 終わって展望所にもどり海抜1200mの景色を楽しんで一路高野山ケーブル駅へと帰りました。
 
 さすがに世界遺産に登録された高野山ですのでヨーロッパ系の観光客が多い中、下りのケーブルカーを待っていました。
 駅からは紀ノ川を挟んだ橋本市方面がよく見えます。
 40年前の自分とそれから色々なことのあった40年の時間の流れに身を任せていますと、ふと"下手くそな尺八"のような音が聞こえます。
 しかもどうも樹の梢からの音です。そしてなにやら大きめの鳥が樹間を行ったり来たりしていましたのでとりあえず写真を撮りました。

(画像8)

 バードウォッチャー初心者としては気になりますので帰宅後調べてみますと[アオバト(青鳩)」でした。
 日本と中国の一部にしか住んでいない留鳥。その鳴き声は尺八に似る、とあります。
 「だから下手な尺八に聞こえたのか」と納得しました。
 (青鳩の音声)
https://www.youtube.com/watch?v=9TgH6Y7vtyA
 
 尺八で言えば一尺八寸ではなく、もっと柔らかい音色の二尺四寸管のような鳴き声です。
 今ちょうど二尺四寸で琴古流本曲「夕暮の曲」を集中的に練習していますので聞き比べて下さい。

 (音声ファイル:長管夕暮の曲) 
http://www.jm3.org/bmbnt/music/404-yugure.mp3

 それにしても
1.高野山霊宝館で見た1187年に自書し自分の手形を押した後白河法皇の荘園寄進の古文書が、単なる寄進状ではなく
 その2年前に壇ノ浦で安徳天皇まで巻き込んで滅亡した平家の怨霊退散のためだったことが分かり、
2.40年ぶりに立里荒神さんにお参りでき、また大峯山脈を見渡せ、
3.稀にしか見られない「青鳩」を見、鳴き声を聞けた、
 たいへん有意義な一日でした。