戻る

「四国尺八遍路あれこれ②」(日記)  土井通有

 10月1日(木)朝5時に目覚ましを鳴らし起床、昨夜からの雨は止まず、まだ雨音がしていました。
朝食には買っておいたパンと宿の備え付けのコーヒーをいただき出発の用意をする。
しかし天気がよくならないため出発を少し遅らし、天気の回復を待ち待ちました。 
 お遍路をしていると行く先々で「お接待」という習わしがあるのです。
これは飲み物やお菓子、飴など、さらにはお金まで無償でいただけるのです。この宿のシステムもその一つと思います。
7時前には雨は小降りになり出発をすることにしました。(雨男です) 
 今日の行程は、66番雲辺寺を目指し、67番大興寺の近くの民宿四国路まで約24キロ。昨日は、午後から歩いたので10キロでしたが約2倍そして山登り、
まず宿舎の近くの別格霊場の椿堂に寄り、読経して雲辺寺の登山口のある佐野集落を目指して国道を歩きます。
途中に通学の小中学生に会うのですが例外なく私に「おはようございます」と挨拶をしてくれます。
挨拶を交わすごとに一期一会を感じ、清々しい気持ちになります。 
 雲辺寺の山道に取り付き、林間をあえぎながら登っていくと所々に休憩のベンチもあるのですが、
前回にも書いたようにしばらく人が歩いていないので倒木や浮き石、落ち葉が多く、しかも昨夜来の雨によりさらに滑りやすくなっていました。
細心の注意を払いようやく尾根につき、林道を歩いて雲辺寺が見えたときには、ほっとして心地よい疲れが訪れました。 
 いつもの巡礼作法により読経し、御朱印をいただき今日最初の札所というわけで尺八の音色を響かせました。
雨に濡れた森のお堂で吹く尺八、気持ちよく奉納できました。 
 お堂から次の遍路道へ向かう参道には五百羅漢の石像がならび圧巻で励まされたような気分になり、
ここから約10キロの長い下りの道に向かいました。山道は、最初の4キロ余りは急な下りで注意が必要ですが、
佐野からの登りよりは整備されており一安心しました。
山を下った最初の集落に民宿青空というのが有ったのですが今は廃業しているとのこと、
コロナの影響や経営者の高齢化などにより、なくてはならない遍路宿が減っているようです。
四国各地には、お遍路を迎えるための「お接待」「遍路宿」「八十八カ所のお寺」それを守る人々、その文化が根付いています。
行く末が案じられ、今後よき方向に進むことを念じます。 
 雲辺寺で朝の残りパンを食べ12時に出発して、大興寺には15時頃着きました。
ここまでコンビニや食堂は一切なく水は、雲辺寺の手水の水をペットボトルに詰めての遍路道でした。 
 やっとの事で大興寺に到着しましたが、道しるべには、いろいろあってそれを見ながら行くのですが、見落としたのか道に迷いました。
ただ江戸期の道しるべは、大興寺の古い呼び名を変体仮名で書いてます。
余計わかりにくい。この寺が今日の打ち止めですので、尺八を一管奉納し、県指定の榧と楠の大木のある本堂を後にしました。
まもなく今日の宿「四国路」につきました。

写真① 別格霊場 椿堂 


写真② 雲辺寺大師堂 標高900メートル 


写真③ 道標 右から 右こまつをじ(大興寺) ・すぐこんひら道・左くわんおんじ と記している