会報 No.50

他流の曲を吹く・・可能、不可能?

                                

 【N氏よりのご質問】

「会報102号(心に残る1枚のレコード)の記事を読みますと、都山流で『鹿の遠音』は吹けないということでしょうか。都山譜もでているように思いますが。琴古流で吹くものなのでしょうか。?」

 さて、このご質問に対して私なりの考えを述べさせていただいて回答に代えさせていただきます。

 先に私の結論を述べると以下の通りです。

「都山流で『鹿の遠音』は吹けないことはないと思います。ただし琴古流の名手、例えば山口五郎の演奏以上の芸術的な都山流の『鹿の遠音』はなかなか難しいでしょう。しかし、その難しさを克服して誰が聴いても高度に芸術的な【都山流 鹿の遠音】をめざすのも尺八音楽の発展には必要かと思います。頑張って下さい。」

 まず、琴古流は伝統的かつ洗練された「当たり」を持っています。ツウーツレー(ツはメリ)と聞くだけで「ああ、琴古流やなあ・・」と思いますね。そして琴古手帳にあるごとく「秘曲」とか言いますから余計に琴古流でなければならないと思いこむのです。

 しかし、初代黒沢琴古もこの曲を誰かに習ったものですね。おそらく初代琴古は山口五郎のようには吹かなかったはずです。長い伝統の中でだんだん洗練されてきて今のような形になったと思われます。そして今後も「鹿の遠音」はますます芸術的に洗練されていかなければならないのです。その点が西洋のモーツアルトやベートーベンと違うところだと思います。ベートーベンの交響曲を一音でも変えることは出来ません。一人の強い個性が生みだした作品だからです。

 この点、作者不明の尺八本曲は歴史の流れの中でいろいろな奏者が工夫を加えていくものなのです。

 故山口五郎は琴古流表裏36曲のCDを出しましたが、これを琴古流の決定版と考えないで下さい。なぜなら、尺八本曲を決定版とすることによって曲に工夫を凝らしてより良いものにしていくという大切な要素が失われるからです。

 さて「都山流的な鹿の遠音」というものを工夫していきましょう。万が一に都山流的解釈の「鹿の遠音」が芸術的に高いものになったとき、聞く人は琴古、都山、二つも楽しめるというわけですから。そうすれば逆に琴古流も良い影響を受けてますます洗練されていくと思います。

 K.Nさん、ひとつあなたがそれを試しては如何でしょうか。

  例として、琴古流の私が、海道道の「手向」を琴古の雰囲気で吹いてみました。他流の奏法を尊重しながら自分の流派の解釈で演奏が可能かという問いに対する一つのヒントになれば幸いです。

 この例の琴古流の私が吹いた『手向』と琴古流『鹿の遠音』(単管)の演奏テープを作成いたしました。録音機器は良くありませんが、ご希望の方に頒布いたします。

  個人的なことになりますが、昨年の「第4回長谷検校記念全国邦楽コンクール」に私が応募しました曲も「鹿の遠音」です。私の技術が未熟なのか、予選のテープ審査で落選いたしました。このコンクールはレベルが高いのですね。

 いずれにしましてもコンクールで予選をも通らない演奏ですが、ご参考にしていただきたく思い、テープを作らせていただきました。

 お申し込み方法と宛先は以下の通りです。

 

○1000円分の郵便為替(切手等可)を同封の上「琴古手向テープ希望」と明記の上〒590-0531泉南市岡田2-190 貴志清一迄お申し込み下さい。折り返し郵送させていただきます。

※但し、1999年12月末まで。

また、本文にもあります通り演奏にご満足いただけなくても返品等は受付いたしませんので、御注意下さい。


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