会報 No.55  (元版NO.125号  )

(レポート)                       

20年間、ウソの甲ロを吹いてきた反省と

ハローによる甲ロの鍛錬

貴志清一

 正直なところ、実はこの20年近く嘘の甲ロを吹いてきました。

 どうして嘘かというと、私は甲ロと指定されているにも関わらず、吹き易い「四五のハ(四五かざし)」を使ってきたのです。

 この四五のハを使うと自分の出したい高さで軽く甲ロの高さの音が出るのです。しかし、この音は「ロ」の響きではありません。また、この四五のハに圧力をかけると音がうわずってしまいます。すなわち、甲ロの代わりに「四五のハ」を使うというのはウソなのです。

 「それはウソの甲ロだからダメだ」といってくれる人がこの20年間一人もいませんでした。勿論、自分自身が注意したらよかったのですが、安易な方向に走り易い性格も災いしてこの20年間ウソの音を出してきました。

 確かに甲ロをよい響きで出すのは「良い息の通り道」を自覚するのが大事で、また難しいことです。しかし、難しいから練習するのですね。難しいからそれを克服するのが修練というのですね。そしてその練習の過程に向上の喜び、少しでも音が良くなる楽しさがあるのです。

 私はこれまで甲ロから逃げていました。私も人前での演奏が多い方ですが、いまだ甲ロの響きを褒められたことがありません。もしかすると「あの甲ロの響きは尺八じゃない」と多くの人に思われつづけていたかも知れません。もしそうであれば尺八に対して悪いことをしたと思います。

 自分自身の未熟さをこのように書くというのは、私のような間違いを他の尺八愛好家は繰り返して欲しくないからです。

 そういえば、これも恥ずかしいことなのですが、山口五郎師のような音を出したいという強い望みがありました。もう15年ほど前のことです。素晴らしい音を出したければ、いい師匠を探して一心不乱に練習すれば道は開けることもあるのですが、安易に走る性格から、次のように考えたのです。(自分自身の不精進さは別にしましてその後、幸いなことに良い師に恵まれました。)

「尺八の音の出るメカニズムがわかれば、山口五郎師のようになれる」と、かなり馬鹿なことを考えたのです。明治の寺田寅彦の難しい論文を読み、オシロスコープに自分の尺八の音の波形を写して研究しました。

 勿論成果はなく、結論として「尺八は余りうまくならなかった」という事実だけが残りました。

 一つだけ、「メリ音は歌口の開口面積で大きく変わる」という当たり前のことがわかっただけでした。

 この話を音楽的に尊敬している西洋音楽家にしますと、言下に「そんな研究してもうまくならないことなんか、わかるのに1秒もかからない。」というものでした。

 しかし、わたくしはこんな自明なことを理解するのに1年間かかりました。

 辛い話です。

 この甲ロの話もよく似ています。すなわち、「甲ロは甲ロの高さの音が出ればいいんだ」という安易な考え方です。

 会員の皆様方のほとんどは「甲ロの響きは四五のハとは違う」ことなんか、分かるのに10秒もかからないでしょう。

 しかし、わたくしはなんと20年もかかったのです。こんな大切なこと、すなわち、甲ロは甲ロの指で吹かなくてはならないということが。

 さて、「甲ロは甲ロの指で鍛錬すべきだ」ということが分かったのは、やはりきっかけがありました。私の演奏に対してだと思うのですが、ある専門家が、

「器楽演奏で大切なのは、その楽器(尺八)が出せる一番いい音を出すことです。

 そのためには日々のたゆみない練習が必要です。

 器楽演奏でも歌うことが非常に大事ですが、いい音が出てくると自ずと歌うように演奏できるようになるものです。(要旨)」(2000.1.29)

とあるところで指摘されました。

 この言葉を聞いたとき、一瞬、素直に認めたくなかったのですが、すぐに思い直し、「何といいことを聞いたのだろう。」と感じました。

 例えば、尺八の甲ロは虚空に響きわたり空の果てに吸い込まれるようにして消えて行く音が”いい音”なのでしょう。

 それから考えを進めていくと自分の甲ロのゴマカシ、ウソがハッキリしてきました。

 ところで、有り難いことに琴古流では甲ロの前に「二四五のハ」をつけて、コロッという響きを入れて吹きます。いわゆる「ハロー」です。

 このハから甲ロに移る一瞬コロッという音が入りますが、この音が良い甲ロの音につながるのです。

 そういえば、私の尊敬する小林一城氏は竹調べに必ず「ハロッ、ハロー」とかいう風にお吹きになります。

 「そうだ、これを使わせてもらおう」と思い、音出しや毎日の日課、曲吹きの前に常時ハロッ、ハロッ、ハローーーとやっています。

 気づいた時から2週間経ちますが、少し甲ロの”息の通り道”が見えてきたようです。甲ロはしっかり支えていないとぺしゃげますから、気をつけてハローと吹いています。

 この練習をして少ししか経っていないのに、甲ツのメリから甲ロへ移る時に、ロの音が下がらなくなりました。

 いまのところ試行錯誤ですが、20年間ウソの音を出してきたのだから、これからの20年は本物の甲ロの響きを求めていきたいと思っています。