インターネット会報 2002年3月号(元会報152号)
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【論説】
「尺八音楽はヒーリング(癒し)ミュージックになり得るか」
                       貴志 清一
 
 本研究会のM氏より以下のようなお便りをいただきました。
 尺八を続けていく上で、会報の全ての記事が糧となっています。
 さて、最近中国の二胡がCM等で取り上げられ、ヒーリング(癒し)ミュージックとしてよく買われているようです。
 尺八はヒーリング(癒し)ミュージックのための楽器としても優れたものであり、本曲・古曲ばかりでなく、そのような曲もこれから多く出てきてもよいのではないかと期待しています。
 
「尺八音楽はヒーリング(癒し)ミュージックになり得るか」についての私の個人的な感想を述べさせていただきます。
 あくまで私の個人的見解ですので、会員の皆様のいろんなご意見をお待ちしております。
 
 今のマスメディアが普及している日本では、恐らく“どんな物でも流行する”と思います。
 どんな低俗な物でも、人間というものは100回同じことを聞かされるとそれに慣れるようです。
 まして、中国の二胡のように伝統のある楽器で「耳に当たり障りのない」音楽はロックやアフリカ系の音楽よりはヒーリング(癒し)ミュージックになります。
〈私はロックやアフリカ系の音楽を否定するものではありません。人間、いろいろな変化があってこそ面白いので、テンポの速い曲も必要ですし、ゆったりとした曲も必要です。〉
 さて、そう考えるとテレビを中心としたマスコミが“尺八”をヒーリング(癒し)ミュージックとして取り上げれば、恐らく尺八=ヒーリングミュージックとしてCDなども何十万、何百万と売れるかも知れません。
 こんなことはあり得ないのでしょうが、私の吹く尺八がたとえ芸術的に高いものでなくても、シンセサイザーに乗ってゆったりと「荒城の月」でも吹いて、耳に心地よくアレンジすればそういうヒーリングミュージックは出来ます。
 それをTVのCMでも盛んに流し、週刊誌・月刊誌でも美辞麗句でもって宣伝し且つ、超有名人が絶賛すれば何十万枚とCDが売れるでしょう。
 でも、それは社会現象でして、ヒーリングミュージックになり得る音楽はクラシックでもなんでも良いのです。
 よしんば、尺八音楽をヒーリングミュージックとして感じる人は、例えば山口五郎のCDを買うでしょう。でも、全国の何十万、何百万の人が尺八を聞く必要はないと思います。
 かえって、そんな安易な流行で「所詮尺八というのはそれだけものもだ」と思われるのも尺八にとって良くないのかも知れません。
 鳴り物入りで宣伝し、エコーをたくさん効かせて、オブラートに包んだような尺八CDは作ろうと思えば簡単です。しかし、所詮尺八というのはそれだけものかという風になるのはプラス・マイナスで考えればマイナスなのかも知れません。
 ほんの2,3年前に篳篥で吹く「イエスタディ」が盛んに宣伝されて有名になりました。しかし、いまはあまり聞きません。流行が終わったら、所詮日本の古楽器でのポピュラー音楽の演奏というのはそれだけのものだと一般の人が思っただけではないでしょうか。
 ひるがえって考えてみますと、尺八のヒーリングミュージックもそのようになる可能性があります。私は、尺八を本当に理解する人だけが尺八をヒーリングミュージックとして感じられればそれでよいと思っています。
 
【お便り紹介】
(F氏より)
 さて、わたくしは尺八吹奏研究会から送られてくる種々の資料を参考にしています。
 最近“口三味線”があるように、“口尺八”ということで、唇の息の吹き出しの部分で「ロツレチリ」と言いながら尺八を吹くように教えています。(勿論声は出しませんが)
 今までは心、または頭で思い浮かべながら吹いてきたことを、唇で言いながら吹くとロツレチリの音階の覚えも速いようです。
 これにつきましてコメントをいただきたく存じます。
 
唱譜について
(ご質問に答えて)
貴志 清一
○日本音楽では伝統的に楽譜を声に出して唱う唱譜ということをしてきました。これは楽譜を覚えるのにたいへん有効なことです。
 箏ですと「コロリンシャン」三味線ですと「チリトテチン」というふうにです。尺八は言うまでもなく「ロツレチリ」で、元禄時代の尺八では一節切と同じく「フホウエヤ」です。因みに今でも竹保流や明暗系ではこれを使っているようです。
 有名な「竹籟五章」はフホウエヤの譜面で、これが基本になります。
 ロツレチリというのは、尺八の音だしのための口腔形を意識してたいへん合理的に出来ていると思います。
 さて、実際に吹きながら唇を「ロツレチリ」にすると、あまりに各音によって唇が変化しますので、私の場合は吹きづらくなります。
 また、唇によけいな力が入ってしまいますので「唇に力を入れない」という尺八吹奏の基本が成立しなくなるようです。(唇の周りの口輪筋はしっかりとささえる)
 ですから、やはり唱譜というのはロツレチを心の中で思いながら吹くのが良いのではないでしょうか。
 
(S氏より)
 最近ゆとりが無くて尺八を吹く時間もないです。しかしこういうときこそ、おおらかにゆったり吹きたいと思います。
 さて、「二管を吹くためのウォーミングアップ」のCDはよかったです。ところで「荒城の月」「コンドルは飛んでゆく」を吹いている一尺六寸管は五孔尺八でしょうか七孔尺八でしょうか。
 
○お答えいたします。CDで使っている一尺六寸管は七孔尺八です。
 もし五孔でしたら、とてもとてもあの速い運指は不可能です。
 ただ、音をめらずに吹けますので、その分何となくフルートのようになってきて音色に問題があります。
 七孔は尺八ではなく、別の楽器なのかも知れません。
 私は毎日の練習ではあまり七孔尺八は使いません。尺八の奥深い音色を追求する上でかえって邪魔になるかも知れないのです。
 これは、浜松の中島氏よりご質問のありました「尺八の、五孔、七孔、九孔、11孔の長所と短所を教えてください。」とのお便りのお答えになるのかも知れません。
 
 ただ、わたくしは演奏上の要求から「春の海」がいつも吹ける程度に七孔尺八の演奏水準を落とさないようにはしています。
 実際に五孔と七孔尺八の音色の違いをご理解していただくには、私の演奏会の実演をお聞きくださるのが一番と思います。音楽的にはまだまだ未熟ですが何かの参考になると存じます。