インターネット会報 2002年7月号(元会報号)
 
 今回は「海童道」尺八についての海童道道祖本人による文を紹介させていただきます。
 書いたのは昭和46年といいますから、西暦1971年、今から31年前の大変めずらしいものです。立場は違っても、参考になると存じます。
 もちろん、私は本文の趣旨に全面的に賛成しているわけではありません。私は琴古流で、琴古流本曲を大変価値の高いものだと思い、自分でも毎日吹いているのですが、海童道から見れば「小細工をろうした音楽」になるのでしょう。しかし、何に美を見いだし、何を価値あるものとするかは各個人によって違います。本文のような、あたかも「海童道」だけが価値の高い尺八だという風な論調にはいささか疑問を持ちます。しかし、何を言いたいかということはよく分かりますので、何かの参考にしてください。(貴志)
 
 
「尺八を越えて」
◇長短問わず哲理で吹く◇
海童道宗祖(わだつみどうしゅうそ)
 
自然法、道具で実践
 よく海童道(わだつみどう)のことを尺八の一流派と間違えられる。この間も日本フォノグラム・レコードから「即音乱調(そくおんらんちょう)」のLPを発売したのだが、どうも尺八と同一に扱う人が多く、実際のことをご存じないらしい。尺八はあくまで決められた譜面通りに演奏するだけのものであり、西洋楽器と共通した分野で、その中に各流派が存在する。しかし、海童道は有形、無形の二つの道に分けることができる。なかでも無形が基本である。たとえば食事をするとき、食事をした、目で見ていく、目が先にものを食べている−無形はそうした基本を表すものであり、身体に対する生命力とか行い、作用をさす。その作用の使い方から全体作用へと及んでいく。その具体的な人間の生命力を形に表すとなると、吐く(呼吸)、つかむ(指の動作)、のばす(身体の屈伸)に要約される。
 また吐くにしても、吸う息よりも出る息の長い方が健康だと言われる。それを端的に示したのが“吐く”に当たる。さらに人間は手足を動かして活動するが五本の指のうち三本しか使っていないことが多い。足の指などはその使わないことが多い顕著な例だろう。人間というものは、手足から衰えて、老化現象が起こる。そのため私は“つかむ”ということに力点を入れている。さらに全身四つん這いになり、“伸ばす”という自然の原理を取り入れている。全体の屈伸運動に当たるからだ。
 こうした三つの哲理を“自然法”という形で編み出したが、私はさらにこれを道具を使って実行する方向へ持っていった。それを道法と名付けたが、要するに竹の自然の姿をそのまま生かし、適当に穴をあけ手先に述べた自然法を実行する。自然の竹だから尺八のように一尺八寸といった決まりはないし、中の節も細工せずに穴をあけただけである。だからあるときは一メートルをこす長い法竹もあるし、三十センチそこそこの短いものもある。しかもどんな竹でもいいという、竹を選ばない点が特色だろう。
 
吹くたびに変わる
 こうした自然のままの竹を使って腕を伸ばし、息を吐いて指を動かす。そのさまはちょうど藪の折れ竹が風を通して自ら音を発するという状態を想像してもらえばいい。ただ、楽器の場合はすべてが合理化されていて一定の量の息を吹き込み、コントロールするだけで“音楽”となるが、海童道の場合は自然の竹をそのまま使うのだから、孔の大小もあり、一本の法竹を十分に使いこなすまでに十年もかかることがある。だから海童道を音楽と見るかどうかよりも、きびしい道行の中で実践の道具として法竹を使い、そこから発する音色が音楽的だというなら、それは音楽と呼べるかもしれない。
 私がこうした自然法にもとづく海童道を打ち出したのも幼児から非常に身体が弱く、夏でも首巻きをしていたひ弱な体質を改善しようと思い立ったからだ。そのため真言宗に学ぼうと山にはいって般若心経を一万巻読み続けたこともあるし、救世軍の奉仕作業にも進んで道を求めたことがある。そして真言宗から禅の世界へ進み、竹の世界を通して自分の世界を作りあげた。当時はちょうど第二次大戦の“新体制時代”、その時代風潮と、みそぎを主体とした宗教としての海童道とが、精神的に共通するということで、そのころ私がいた福岡では“伝統博多の魂”だとまでいわれ、周囲から進められて海童道を名乗るようになった。
 しかし、私としては宗教は信ずることが基本になるが、私の場合あくまで理を基本にして進めているので、宗教と異なると思っている。また名前の話が出たついでにいうと「宗祖」の方は安井元東京都知事や市川猿翁、安藤鶴夫といった人たちから送られたものである。統一から分裂といった精神上の激しい音を鮮やかに表現し尽くしているとして、つけられたものである。
 さて、法竹を自然法にもとづいて吹定(すいじょう)することは哲学を身体で覚えるということになると私は考えている。自分が力強い人間になっていきたいために苦しみの中を生き抜いていくという私自身の体験から出たものである。海童道で法竹を吹定するための教本(海童道では道曲と呼ぶ)があるのだろうかと聞く人があるが、いちおう譜はあるといっておこう。しかしその譜の通り吹いてもある時は三分の時間ですみ、またあるときは十分以上にもなる。というのも業(わざ)と力が反比例しているからである。
 力が入るものは業がない。気合いを入れて吹いていくとまた違った感じになる。それだけに一つの曲を何度吹いても別の曲に聞こえたりするわけだ。譜にあるものと生命の流れは全然別だということであり、海童道では絶対に他人と会わすことはできないので他の楽器のように合奏することはあり得ない。だからレコードなどにすでに数回録音しているが、気合いの乗ったときでも納得のいく曲は一曲か二曲しかない。
 私の曲に「鹿の遠音」というのがある。めったにとらない門弟数人でさえも誰もきいたことがない曲である。それがこの間のレコーディングで完全な形で実現した。心と身が一つになって気分が完全に統一できたから実現したと言っていい。だからいま吹いてみてくれといわれても今は吹けない。そういった難曲がレコードという媒体を通じてできたことに、ある種の記録的価値を認めなければなるまい。しかしナマの音との差が歴然としすぎるし、哲学的な発生をレコードからは理解できるものではない。外務省が“日本伝統の音楽”という海外PR向けの映画に海童道を紹介したいといってきたときも、尺八の一流派としてでなく、哲学の一派としての私の立場を認めてくれていたので、私の撮影を了承したことがある。
 
フォークの元祖驚く
 とにかく、海童道の実践という形で誕生した音を、小細工をろうした音楽と同一に呼称するには、その内容が大きすぎると、コネチカット州ウエスレヤン大学にいる小泉文夫氏が述べてくれているが、彼はまた、人々の生活や祭りや儀式や修行の過程や結果と、つねに一致したものが、真の意味の音楽と呼んでいいのではあるまいか、ともいう。海童道をある人は前衛音楽といい、ある人は前衛哲学ともいった。吹くことだけでなく、場合によっては振り回しても、自分の体をたたくことでもいいと私は思っている。
 現代フォークソングの元祖ピート・シガーが訪れたときも、私は即座に物干し竿で作った法竹を無造作に口に当てて厳しく激しい音を出した。ピート・シガーはびっくりし、さっそくその模様を映画に収め、帰国後、日本に行ってなによりも感動したのは海童道だと言ったそうだ。私はそのことを小泉氏からきいた。こうした外国の音楽家たちも一定の枠を越えた人間の生命力のたくましさに驚いたに違いない。
(海童道開祖)