インターネット会報 2002年8月号(元会報162号)
 
書評  
 日経サイエンス1998年5月号 吉川茂(九州芸術工科大学)
「尺八の音はなぜ出にくい」
を読んで
貴志清一
 
 日経サイエンスは部数も多くよく読まれている雑誌です。
 尺八愛好家の中にも興味を持って読まれた方が多くいることと思います。
特に初心者は、この記事が天啓かもしれないとわくわくしながら手にしたことと思います。
 さて、この記事を読んだ次の日からすばらしい尺八演奏ができた人はおそらく一人もいないと思います。
 それは、この記事が悪いのではなくて、この文を読む読者の心構えが悪いのだと思います。
 誤解を恐れずにいえば、「尺八の音は出にくいもの」と何百年もの昔から相場が決まっているからです。
 ですから、「尺八の音の出にくさは音響学(物理)でみるとどうか」ということの確認をするための基礎的な解説がこの記事であって、この文の価値もそこにあるのです。
 
 さて、私は物理学や流体力学は全くの門外ですのでよく分かりませんが、印象深かった文章について述べたいと思います。
 
@「低い音は唇を若干ゆるめ息を太くして弱く吹き,高い音は唇を締め,息を薄めにして強く吹いて出す。」(p85)
 
→実際の演奏ではこの反対で、低音、特に尺八特有の音である乙ロは唇をゆるめたら出ませんし、弱く吹いたら乙ロの良さはなくなります。
 尺八吹きでしたら、乙ロはビュービュー吹きたいものです。しかも暖かく、深みのある乙ロでです。
 また、高い音は唇を締めてはいけません。結果として唇がしまった状態になるのですが、気持ちとしては絶対に唇を締めたりしないのです。また、高い音ほど小さい音が出るように練習しなければなりません。高い音が弱い息でもきれいに出れば、力強い高音域は自然と出るものです。
 ですから、この文だけとっても、この雑誌の記事は尺八の練習用ではないことは確かで、その点を初心者は心してください。コンプレッサーの気流で実験すればこうなるという感じでしょうか。
 
Aピアニストが指で音を覚えるように,尺八吹きは唇(息の強さと方向そして歌口との距離)で音を覚えなければならない。
 
→この「唇(息の強さと方向そして歌口との距離)で音を覚えなければならない」はいい文ですね。楽器にしても、スポーツにしても人間のすることすべては体で覚えなければならないのです。
 ここで息の強さとありますが、もう一つ付け加えれば腹の底からでてくる息の流れも体で覚えたいものです。
 
B「初心者が尺八を吹くと,歌口がずれやすく,吹く音に応じた微妙な調整はまずできない。しかし,この固定されていない不安定な歌口こそ,白由白在で表現力豊かな尺八の音を生み出す原点なのである。」
 
→この文も大変いいですね。
 “固定されていない不安定な歌口こそ,白由白在で表現力豊かな尺八の音を生み出す原点”は清書して座右の銘にしても良いくらいです。
 尺八のプロと自称する方が、○○師考案「尺八アダプター」を作ったこともありましたが、アダプターがあれば確かに安定しますが、そんな怪しげなものを使えば白由白在で表現力豊かな尺八の音を生み出すことができないのは分かり切っています。
 アダプターを使って尺八の初心者を増やそうという情けない発想でしょうが、アダプターを使っていればその初心者は一生尺八の初心者で終わります。そんなアダプターは尺八を今以上に衰退させるものだと思います。
 そんなにアダプターを付けたかったら、テナーリコーダーを買ってきて、エッジの所に傷を入れたら尺八に似た音を出せばいいのです。
 もちろん、そんな楽器は普通の感覚の人間なら3日で捨ててしまうでしょうけれど。
 もう一度引用しますと、
 尺八の固定されていない不安定な歌口こそ,白由白在で表現力豊かな尺八の音を生み出す原点なのです。