JH3KCWの自己紹介  

アマチュア無線局

コールサイン JH3KCW (第1級アマチュア無線技士・JARL終身会員)

氏   名  吉川 寛

住   所  奈良県葛城市 (2004年9月30日までは 北葛城郡新庄町)

JCC#2411 GL:PM74UL

1970年(昭和45年)11月20日 無線従事者国家試験「電話級アマチュア無線技士」合格
  1971年(昭和46年) 1月24日 アマチュア無線局(JH3KCW)開局
  1971年(昭和46年) 3月 8日 JARL(社団法人日本アマチュア無線連盟)入会
  1971年(昭和46年) 8月25日 「葛城ハムクラブ」結成・クラブ局(JA3ZNJ)開局
  1971年(昭和46年)11月17日 無線従事者国家試験「電信級アマチュア無線技士」合格
  1973年(昭和48年) 7月 1日 「葛城ハムクラブ」JARL地域クラブへ登録
  1973年(昭和48年)11月28日 無線従事者国家試験「第2級アマチュア無線技士」合格
  1974年(昭和49年) 8月 5日 「葛城ハムクラブ」会長
  1974年(昭和49年) 5月 1日 固定局(100W)開局申請
  1974年(昭和49年) 7月 2日 固定局(100W)予備免許
  1975年(昭和50年) 3月 6日 HF帯(3.5〜21MHz)100W、28・50MHz帯50W落成検査合格
  1977年(昭和52年) 4月24日 「JARL奈良県支部」幹事
  1988年(昭和63年)        「'88なら・シルクロード博特別記念局」(8J3SLK)運営委員(会計)
  1991年(平成 3年) 7月12日 「WAC」50MHz全大陸交信証取得
  1994年(平成 6年) 2月 7日 JARL(社団法人日本アマチュア無線連盟)終身会員
  1994年(平成 6年)        「'94関西地方ARDF競技大会」大会委員(総務部長)
  1995年(平成 7年)        「ロマントピア藤原京'95特別局」(8J3RPF)運営委員(総務部長)
  1996年(平成 8年) 5月28日 「WACA」全市交信証取得
  1996年(平成 8年) 8月17日 「WAGA」全郡交信証取得
  2000年(平成12年) 5月15日 「JARL奈良県支部ホームページ」開設(作成・管理担当)
  2002年(平成14年) 5月19日 「JARL奈良県支部」支部長
  2003年(平成15年) 7月 1日 特定非営利活動法人「日本サービスドッグ協会」役員(監事)
  2004年(平成16年) 5月23日 「JARL奈良県支部」支部長(2期目)
  2004年(平成16年) 5月23日 「JARL第46回通常総会」議事録署名人
  2004年(平成16年) 9月17日〜25日 スリランカ DXペディション 「4S7KCG」を運用
  2006年(平成18年) 5月28日 「JARL奈良県支部」支部長(3期目)
  2007年(平成19年) 9月 7日 無線従事者国家試験「第1級アマチュア無線技士」合格
  2008年(平成20年) 5月25日 「JARL奈良県支部」支部長(4期目)
  2010年(平成22年) 1月 1日 「平城遷都1300年祭特別記念局」(8J3SENTO)運営委員会(実行委員長)
  2010年(平成22年) 5月30日 「JARL奈良県支部」支部長(5期目)
  2010年(平成22年)11月21日 「JARL臨時総会」議事録署名人
  2011年(平成23年) 5月29日 「JARL第53回通常総会」議事録署名人
  2011年(平成23年) 7月10日 固定局(1KW)変更申請
  2011年(平成23年) 8月15日 固定局(1KW)変更許可
  2011年(平成23年)10月12日 固定局(1KW)変更検査合格
  2011年(平成23年)11月 1日 「JARL奈良県支部」支部長(6期目)・JARL社員

E−MAIL jh3kcw@jarl.com

家族のコールサイン
  JM3GGY(吉川 三知子)・JN3QYY(吉川 和寿)・JR3HYI(吉川 雅)・JF3XUE(吉川 智)
所属クラブ   葛城ハムクラブ(JA3ZNJ)

 

 7MHzから28MHzのHF帯を中心に、50・144・430・1200MHzでも運用しています。最近はHF帯のモービル運用も楽しんでいます。

 私のお気に入りのアワードは、50MHzのWAC(6大陸交信賞)です。
WACA(全都市交信賞)や、WAGA(全郡交信賞)も、25年間もかかって、やっと取得できました。 (^_^)

 「CQ Ham Radio」が、1969年7月号から現在までの、約42年分が全て揃っています。スチールの本棚に4台にびっしりです。
 また、小学生時代に読んだ「子供の科学」や、中学生から高校生にかけて愛読した「ラジオの製作」も残っています。小学生から高校生にかけて、これらの雑誌にめぐりあったことが、私の人生(大学や職業)を変えた?ような気がしています。

 趣味に職業は直接関係ないと思うけど、小さい頃から、機械いじりが大好きで、アマチュア無線の免許を取り、いつの間にか、物づくりの面白さを教える中学校の「技術」の先生になりました。
 今では、教科書から「電気領域」の学習がほとんど姿を消しました。中学生時代の技術の授業で「真空管式ラジオ」を作って音楽が聞こえたときの興奮をいまだに覚えています。
 現在の教科書には「トランジスタ」どころか「抵抗」と言う文字すら載っていません。もう、半田付けの妙技を子供たちに教えることは殆どありません。ラジオやインターホンに代表される電子機器?の製作実習は、これからの日本の中学校で教わる事はまずないでしょう。
 「電子立国JAPAN」は過去の話になりつつあります。簡単なラジオ作りで興味を持った少年が、これをきっかけにアマチュア無線の世界にはまり、そして日本や世界を背負って立つ技術者に成長することを文部科学省は理解してないのかな?本当に日本の将来はこれで良いのか?非常に寂しい限りです。